第18話

 五花海の意向で、おれたちは町中の死体を集めて弔った。火葬や埋葬なんてことはしてやれなかったが、エドワードは祈りを唄い、五花海は安らかな寝顔を作ってやっていた。おれは手押し車を使って、あちこちに散らばった死体をかき集めた。おれが見舞いの品を買った店に行くと、入り口の前で物乞いが頭を撃たれていた。店に入ると、あの気前のよかった店主が、全身に弾丸を浴びて死んでいた。おれは二人の亡骸を載せた後、店に戻って、カウンターにレイジングブルの弾丸を一発置いた。

「あんたの命には釣り合わないだろうが、これくらいは支払わせてくれ」

 そう言い置いて、おれは店を出た。

 全ての遺体を弔い終えた後、おれは診療所の跡地で、久方ぶりのタバコを味わっていた。五花海は瓦礫をかき分けて、何か探していた。エドワードはと言えば、見るも無惨な姿になった愛機を見てすっかりうなだれてしまい、まるで使い物にならなそうだったので置いてきた。彼は服が真っ黒になるのもいとわず、一心不乱に焼け跡を這い回った。

「手伝った方がいいか」

 おれが問いかけたとき、彼は真っ黒焦げになったロッカーにたどり着いて、歓喜の声をあげていた。

「いえ、大丈夫です。ここにあるはずなので…」

 そうは言ったが、彼は歪んだ戸棚を開けるのに苦心しているようだった。おれはタバコを踏み消して、彼の助力に向かった。おれが助太刀に加わると、扉はいとも容易く開いた。中には防火性の金庫が一つだけ置いてあった。彼は煤で隠れた文字盤を擦って、小さなダイヤルを睨み付けた。

「そういえば、お前が言ってたあの合い言葉だが、えぇと」

古之學者爲己いにしえの学者は己れの為にし今之學者爲人今の学者は人の為にす、ですか」

「ああ。一体、どういう意味なんだ」

 五花海はダイヤルを回しながら答えた。

「論語です。昔の学者は自己研鑽の為に学んでいたが、今の学者は名声のために学んでいる、っていう意味ですが、私の解釈は違います。今の学者は、人を助けるために学んでいる。こう考えた方がポジティブでしょう」

「確かに、道理だな」

 おれが頷いていると、彼はとうとう金庫を開けることに成功した。扉を開けて、中からカバンを取り出した。

「それは何だ」

 彼はカバンを開いて、中身を確かめた。色々な医療用の器具が、ぎっしりと詰まっていた。

「私の仕事道具です。最新鋭の設備が無くたって、これさえあれば、人は診れますから」

 彼は立ち上がって、パッパッと膝の煤を払った。

「それにしても、本当によかったんですか。私がついて行ったら色々と迷惑じゃないですか」

 五花海は心配そうに尋ねた。おれはタバコを取り出しながら、笑って答えた。

「大丈夫さ。おれたちがいれば連中も手は出せないだろうし、万が一襲われたとしても、守ってやれるからな。それに、身柄を預かるなんて大口叩いた手前、じゃあお元気でって見送るわけにもいかねぇからな」

 正直、あの脅しにどれだけの効力があったか、言った張本人でさえ計りかねていた。過程はどうあれ、連中の刺客の一隊を壊滅させたわけだから、手は出しづらくなっただろう。だが、あれ以上の大部隊を送ってきたら、どうだろうか。おれの身は守れたとして、彼まで守れるだろうか。難しいところだが、そう約束してしまったからには、どんな結末を迎えようと、責任を持たなければ。

「ところで、あれって本当なんですか」

「あれって、何が」

 おれはタバコの煙を軽やかに吐き出した。

「あなたが『ガンスリンガー』だったって話ですよ。あれは本当のことですか。それとも、彼らを騙すための与太話ですか」

 おれは再び、深く煙を吸った。不味い煙を口の中で味わって、鼻から吹き出した。

「お前はどう思ってる。あれは本当のことだと思うか」

 おれが逆に聞き返すと、彼はしばらく考え込んで、顔をあげた。

「確かに、あなたの腕前は、あの伝説の『ガンスリンガー』と同等かもしれません。私は『ガンスリンガー』を見たこともありませんが、あのときのあなたは『ガンスリンガー』のようだったと思います。ですが『ガンスリンガー』はもう死んだと聞いています」

「それでいい。本物の『ガンスリンガー』は大昔にくたばった。おれは奴の名前を借りただけさ」

 エドワードの元に戻ると、彼女は溶接の工具を使って、車体のへこみを直している最中だった。彼女は保護面を外して、汗を拭った。

「あら、用事は終わったのね。なら出発しましょうか」

 彼女は工具を仕舞いながらそう言った。おれは五花海を助手席に乗せて、自身は銃座の真下の席に座った。エドワードが運転席に座ると、車内が手狭に感じられた。

「それじゃ、メンバーも新しく増えたことだし、心機一転行きましょうか」

 エドワードはエンジンをかけて、車を発進させた。しばらくして、おれがタバコを吸おうとすると、五花海の手が伸びてきて、咥えていたタバコを取り上げた。

「私がいるからには、車内禁煙を徹底してもらいますからね」

 そう言って、彼はカバンから変形したキャンディを取り出した。おれは渋々それを受け取って、口に含んだ。いい気味だと言わんばかりに、エドワードは大爆笑した。。

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Arsenal ひづきすい @hizuki_sui

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