3 - 激突する矛と盾
ツムギがカミカゼのコクピットに乗り込む。慣れた手つきで各スイッチを押し、起動シーケンスを開始する。やがて仮想モニターが起動してくると、ツムギは整備員に向けて親指を立てた。
コクピットハッチが閉まる。暗闇に閉じたコクピットを、仮想モニター達が照らしだす。操縦桿を握る手が汗ばんで震える。今までこんなのこと無かったのにという言葉を、奥歯の奥で噛み潰す。やがてツムギは両手で両頬をパチンと叩くと、操縦桿を握り直して叫んだ。
「ツムギ、カミカゼ
噛み締めた言葉を置き去りにするように、ブースターを一気にふかし、ツムギとカミカゼは基地の外へと飛び出した。基地の全員がそれを認め、「必ず、生きて帰って来い」という祈りを込めて敬礼をした。
基地を飛び出したツムギは、バッファロータイフーンの前方、約五〇〇メートルのところに降り立った。遠目からも十分に大きいことは分かっていたが、いざそれが眼前に現れた時の迫力ときたら、予想できても気圧されないものではない。まるで暴力で出来た断崖絶壁が迫り来るようだ。ツムギはびりりと神経を尖らせながら、携行出来る限りで最も威力のある兵器、光熱砲を構えた。
慎重に狙いをつけて、引き金を引く。コンクリートすらも蒸発させるほどの威力の光線が、バッファロータイフーンに命中する。十数頭のバッファローが弾け飛ぶのが確認出来たが、まだ厚いバッファローの壁の、向こう側は見えない。
「…コイツでもダメなの?マジヤバなんだけどっ」
額から冷や汗がにじみ出る。心臓が早鐘を打ちだす。操縦桿を握る手が震えだす。眼前に浮かび上がっているはずの仮想モニターが遠のいて見える。ツムギはバッファロータイフーンが眼前にまで迫っていることにようやく気づいて、慌てて飛び退いた。その時に一瞬、荒れ狂うバッファロー達の合間に、何やら紫色の光を見た。
「ツムギ、首尾はどうだ」
「シュビもコウゲキもねえって!マジヤバなんだけど、聞いてた三倍はヤバいんだけど!」
上官からの通信に、切羽詰まりながらツムギは答えた。その適当極まりない報告に、上官は思わずうなだれる。
「……状況を伝えろと言ってるのだ」
「マジヤバのヤバだよ!
ようやく出てきた報告に、上官はまたも頭を抱えることになった。光熱砲より威力の出る携行火器は、今のカミカゼには存在しない。つまり、カミカゼでは手に余るということだ。どうしようかと策を練っている間に、ツムギから通信が飛んできた。
「
基地の人間達は、みんな揃って驚きを見せた。ツムギが狙撃銃を持ち出す時、重心が変わるのを嫌がってアタッチメントをつけないことがほとんどだった。そんなものに頼らなくても、ツムギの狙撃は百発百中と言っていいほどの精度を誇っていたし、レーザーサイトを照射すれば狙っていることに気付かれるリスクが多からずある。だから、ただでさえ使わないアタッチメントの内の、レーザーサイトを欲しがるだなんて、基地の誰もが想像だにしなかったことなのだ。
「構わんが、何をする気だ?光熱砲が通用しなかった以上、マイクロウェーブキャノン撃つしかしかないと思うが。ここにきて、何故より威力の低い電磁砲なんだ?」
「やりたいことがあんだけどさ、マイクロウェーブキャノンだとデカすぎるじゃんね。もっと細いのが良いの。だから、電磁砲。んでアタシがレーザーサイト撃つからさ、そこに向けてアタシの合図で一斉射して欲しいんだ」
どうやら、ツムギの中では勝算があるらしい。それをツムギの言葉から感じ取ると、上官は電磁砲と狙撃銃の準備を指示した。
基地から二丁の光線狙撃銃が引き出され、カミカゼがそれを手に取る。そして二丁の光線狙撃銃を、バッファロータイフーンに向ける。レーザーサイトを照射すると、基地中の電磁砲が、一様に揃って、バッファロータイフーンにつけられた赤い点の方を向いた。
基地からの距離、およそ二〇〇メートルにまで迫ったバッファロータイフーンは、真っ直ぐにこちらに向かってきている。あまり時間の猶予はない。
「ヤバ、バッファローちゃんたち、めちゃ近くにまで迫ってきてんスけど!?
「今で六割三分ってところだ!」
「遅くね!?や、これ以上は待てない!スリーカウントで撃つよ!」
ツムギが答えると、にわかにカウントを始めた。スリー、ツー、ワン、
「やった!バッファロータイフーンの動きが止まったぞ!」
「やっべ、外した!もうちょい上かぁ!」
歓喜に沸く基地内とは裏腹に、ツムギの顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。次の瞬間には、ツムギは狙撃銃を投げ捨てて、バッファロータイフーンに突撃した。
「何をするつもりだ、ツムギ!下がれ!」
上官が絶叫しながらツムギを止めるが、ツムギは聞き入れる耳を持たない。ブースターペダルを力いっぱいに踏みしめながら、眼前に広がる脅威に立ち向かっていく。
およそ一〇〇メートルの距離にまで近づくと、荒れ狂うバッファロー達の唸り声が轟いてきた。けれどその程度のことでは、ツムギは止まらない。ツムギはペダルを踏み込んだ。
およそ五〇メートルの距離にまで近づくと、バッファロータイフーンが巻き上げる砂煙に、視界を奪われるようになった。けれどその程度のことでは、ツムギは迷わない。ツムギは、さっき開けた風穴の方に意識を集中させた。
およそ三〇メートルの距離にまで近づくと、バッファロー達が反重力場に衝突し始めてきた。けれどその程度のことでは、ツムギは怯まない。ツムギは全神経を集中させ、
およそ二〇メートルの距離にまで近づく頃には、反重力場のダメージが蓄積してきて、出力が不安定になってきた。幸いにも、ブースターの火はまだ灯っている。ツムギはペダルを踏みしめながら、ビームブレードを抜き出した。
およそ一〇メートルの距離にまで近づく頃には、とうとうカミカゼ本体にもダメージが現れ始めた。けれど、ビームブレードを握りしめた腕はまだ動く。ツムギはペダルを緩めて着地すると、また一気にペダルを踏みしめて跳躍した。
バッファロータイフーンが、目と鼻の先にまで迫ってくる。幾度となくバッファロー達の突進を防いできた反重力場は、限界を迎えて出力が効かなくなった。それでもツムギは、ペダルを踏む足を緩めない。先の砲撃で開けた風穴に、カミカゼの体を無理矢理ねじ込ませる。するとその上のほうに、紫色の怪しげな光を放つ水晶のようなものが見えた。ツムギは裂帛の咆哮とともに、抜き身にしたビームブレードを突き刺した。
「ぶちぬけえぇ!」
刹那、水晶から光が激しく漏れ出して、水晶は俄かに爆発した。それに弾き飛ばされるように、バッファロー達は四方八方に飛び散って行き、まもなくバッファロータイフーンは露と消えた。都市トーキョーを壊滅させた恐るべき災害は、今ここで、カスカベ基地のエースの手によって屠られたのだ。
カスカベ基地の全員がそれを認めると、すぐさまツムギの捜索に当たった。夥しい数のバッファローの死体の山をすり抜けながら、彼女の愛機の影を探す。やがてバッファロータイフーンが消滅した地点から、北東に一キロほど離れた地点にてカミカゼが発見された。
カミカゼは四肢は捥げ、頭部は吹き飛ばされるなど、見るもの無惨な姿となっていた。そんなカミカゼの、開かなくなったコクピットハッチをこじ開けると、そこには一仕事を終えて、安らかそうに眠るツムギの姿があった。
終わり
ザ・バッファロー・タイフーン げっと @GETTOLE
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