2 - 紡がれる希望
ところ変わって、ここは政府特殊災害対策軍、サイタマ支部、カスカベ基地。テラスからその様子を眺めていた少女の拳に、ぐっと力が籠もる。やがて少女はテラスを離れ、基地の中へと戻った。
「ツムギ、どこに行ってたんだ」
「ちょっと外の空気を吸いにね。ここマジで息詰まりそうだし」
基地に戻ってきたツムギを、上官が見咎めた。しかしツムギはというと左手をひらひらと翻すだけで、どこ吹く風と言った様子だ。上官は頭を抱えながら、戻っていくツムギの後を追いかけた。
「良いか、今回の相手は並大抵のものじゃないんだぞ。トーキョーが壊滅した。それはお前も聞き及んでいる事だろう。もっと緊張感を持て、緊張感を」
「ンなこと言ったってさぁ。アタシがやることは別に変わんないんじゃん。それにさぁ、特殊災害で街一つ潰れるなんていつものことじゃん。今更、何を慌てろってのさ」
「潰れた街が、本部のあるトーキョーだから言っているんだがな……」
何を言われようが、ツムギはマイペースを崩さない。よほどの大物か、うほどの自惚れ屋なのか……。だが、ツムギのこれまでの実績を鑑みるならば、前者のほうが近いというのが、サイタマ支部における共通見解である。現に彼女は、これまで三度ほど特殊災害の対応の為に出撃しているが、その全てにおいて一定以上の戦果を挙げ、その上でほぼ無傷にて生還している。それは彼女の能力の高さの証左でもあるが、彼女の乗りこなす決戦兵器、カミカゼの存在がある。
カミカゼは、ありとあらゆる特殊災害に対応するために制作された、汎用ヒト型兵器…つまりゲームやアニメに出てくるようなロボットである。汎用性に優れた手型のインターフェースに大容量のブースター、加えて、
特にツムギは狙撃銃の扱いに優れていて、先の流星群の降下騒ぎのときなど、一人で千近くの流れ星を撃ち落とし、被害縮小に貢献している。他にも機転が良く効き、反重力場によって土石流を堰き止めたり、怪獣達に囲まれ取り残された人々を、体育館に集めて体育館ごと救出したりと、出撃回数は少ないながら、その武勇伝は枚挙に暇がない。
そんな彼女だからこそ、最大限にパフォーマンスを発揮してもらうために、彼女にはリラックスしていてほしいというのが現場の総意だ。しかし、今回の相手は訳が違う。衛星都市であるサイタマよりも、装備の充実しているはずの都市トーキョーの特殊災害対策軍がやられたのである。いくら彼女の力量とカミカゼを以てしても、彼の脅威を止められる保証はない。だから緊張感を持って欲しい、それが命に関わるかも知れないから。という上官の想いがあったのだが、ツムギには届かなかった。
作戦ブリーフィングが始まった。バッファロータイフーンは勢力を増しつつ、カスカベを縦断しようとしている。これをカミカゼと数台のマイクロウェーブキャノンで対応しようというものだ。バッファロータイフーンが急速に速度を上げている事もあり、バッファロータイフーンがマイクロウェーブキャノンの射程内に入ってから、カスカベ基地に直撃するまで約三分。つまり、ツムギ達に与えられた作戦時間は、三分しかないのだ。
ブリーフィングを終え、ツムギはカミカゼの元に向かう。その途中で、彼女を呼び止める女の子の姿があった。ツムギよりも頭一つ分小さい彼女から向けられる、上目遣いな眼差しはどこか不安げだった。ツムギはかがみ込んで、彼女と視線を合わせた。
「お姉ちゃん、行っちゃうのだ?」
「うん」
ツムギが首を縦に振ると、女の子はツムギに抱きついた。女の子はツムギの行く手を阻むように、精一杯の力を込める。
「嫌なのだ。アレはすっごい危険だって、みんなが行ってるのだ。そんなとこに行ったら、お姉ちゃん、死んじゃうのだ」
「でもアタシが行かないと、アタシだけじゃなくて、みんなが死んじゃうよ。だから行かないと。大丈夫大丈夫、アタシが帰ってこなかったこと、一度もないっしょ?」
自分を抱き留める女の子の肩を抱き寄せながら、彼女の髪を優しく撫でる。やがてお互いにその手を離すと、優しく見つめ合った。
「帰ってくる?」
「もちろん」
「嘘は言ってないのだ?」
「アタシが嘘ついたこと、一度でもあった?」
「……あったのだ」
ツムギはばつが悪そうに目を逸らした。一方の女の子は、そんなツムギのことを真っ直ぐ見つめ直した。
「けど、信じてるのだ。嘘は言わないって。ちゃんと帰ってくるって」
ツムギは視線を女の子の方に戻す。互いの視線が混ざり合う。やがてにっと笑みを浮かべると、ぽんぽんと軽く頭を叩いてから、ツムギは立ち上がった。
「んじゃ、行ってくるわ!枝豆カレーでも作って待ってて!」
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