ザ・バッファロー・タイフーン

げっと

1 - 訪れる絶望

 少女、ツムギには三分以内にやらなければならないことがあった。今なお野生のバッファロー達を巻き込みながら、大きく、大きく成長を続けるバッファロータイフーンを眺めながら、ツムギは拳を握りしめた。


 バッファロータイフーン。それは、トーキョー湾上で突如として発生した。最初はただ、数頭のバッファローを巻き込んだだけの、規模の小さな竜巻であった。政府特殊災害対策本部のアラートシステムは、確かにこの竜巻の発生を検知していたが、数頭のバッファローを巻き込んだ程度の小さな竜巻だったがために、脅威度は低いと判断。一般住民の避難を促す五等特殊災害宣言を発令することすらせず、経過を見守る判断をした。この判断が、後に大きな犠牲を生むことなど、想像する余地もなかった。


 時に諸君らも、政府特殊災害対策本部の存在は、一度は聞き及んだ事があるだろう。それまでの政府広報は、時々おかしなことを言い出していた。例えるなら、そう、宇宙人が宇宙から侵略してきたときに、如何にして国民の命を守るかなど。当時の政府も宇宙人が攻めてくるなどとは本気で思ってはおらず、さしずめ国家予算を上増しさせ、それを口実に増税を目論んだようなものだろう。そんな発言を政府広報がした日には、各マスメディアも揃って非難轟々であったことは、記憶に新しい。


 ところが数年前、本当に宇宙人が攻め込んできたことがあった。ヨコハマに降り立った彼らは圧倒的な武力を以て、瞬く間に辺り一帯を制圧した。最終的には神風が吹きすさび、宇宙人達は撤退を余儀なくされたものの、かの戦争が残した傷は、いまなおヨコハマの復興が叶わない程度にまで深く刻まれてしまった。それ以来、政府は怪獣の発生や、未知の生命体の襲撃、その他想像すら敵わないような「災害」の対応をせざるを得なくなってしまった。このためにあらゆる分野のエキスパート達を集めて組織したのが、この政府特殊災害対策本部だ。


 そんな政府特殊災害対策本部が軽んじた脅威、バッファロータイフーンはやがて都市トーキョー中のバッファロー達を巻き込み尽くすと、まだ巻き込み足りぬと言わんばかりに、都市トーキョーの全てを喰らい始めた。その間、わずかに三十分ほど。政府災害対策本部がバッファロータイフーンの脅威を認めた頃には、全てが手遅れだった。成長しきったバッファロータイフーンは並大抵の対天候ロケットでは太刀打ちすることも叶わず、聳え立つビル群が瓦礫の山へと変えられていくのを、歯噛みしながら見守ることしか出来なかった。


 そんな最中でも前線では、幾人もの兵士たちが気炎を吐いていた。来るかも分からない救援を待ちながら、止められるかも分からないタイフーンを目前に据えながら。それでも彼らは、一歩も引かない。あるものは、自分の信じた正義を遂行するため。あるものは、自分の愛した家族や、故郷を守るため。携行した対天候バズーカを、戦車に搭載したソルレーザーシステムを、何発も何発もバッファロータイフーンへと打ち込む。が、対天候ロケットですらびくともしなかったバッファロータイフーンが、バズーカやソルレーザーごときでその勢いを弱めるはずもない。彼らの健闘もむなしく、バッファロータイフーンは都市トーキョーの八割ほどを壊滅させながら、北に向かって進軍を続けた。


 政府特殊災害対策本部も都市トーキョーからの撤退を余儀なくされたが、ただ撤退した訳ではない。バッファロータイフーンの発生予測地点、現在地点、気流の向きや、バッファロー農家の座標、そして餌となりうる田畑の座標から、バッファロータイフーンの進路予測を立てつつ、かの脅威の対策を考えていた。そして、アラカワに第二防衛ラインの設置を立案。即座に実行へと移した。


 しかし、ここで思わぬトラブルが発生する。バッファロータイフーンがあまりにも脅威であるが為に、北サイタマ自治連合を始め、招聘を拒否する者たちが現れ始めたのだ。政府災害対策本部も強権を発動しながら戦力をかき集めるものの、揃えられたのはわずかに一個大隊程度の規模にしかならず、アラカワ全体をカバーするにはあまりに心許ない。そこで政府特殊災害対策本部はバッファロータイフーンの進路予測の精度を可能な限り高め、そこに全戦力を集中させる方針を取った。


 アラカワの向こう岸、一所に集められた戦力達が緊張の息を飲む。遠くに見えるバッファロータイフーンに、スーパーマイクロウェーブキャノンの照準を合わせる。空気中の水分子をマイクロウェーブによって振動させ、膨大な熱エネルギーをもって台風を蒸発させるこの兵器は、過去に発生した未曾有の大災害、イセ湾タイフーンを一瞬にて消滅させた実績を持つ。


 しかし、最大有効射程が精々一キロメートルと、非常に短いのが欠点である。そのために、限界ギリギリにまでバッファロータイフーンを引き込まねばならない。バッファロータイフーンが有効射程に入ってくるのを、今か今かと待ちわびていたその時、政府特殊災害本部から伝令があった。バッファロータイフーンの進路が大きく変更されることが予想されるため、指定した第二迎撃地点を移動せよ、と。


 この通達に、現場の兵士達は大いに困惑した。スーパーマイクロウェーブキャノンは既に発射準備まで完了していて、あとは引き金を引くだけという段階だ。それらをまた移動させることにも、発射準備を整えるにもまた膨大な時間が必要になる。加えて、スーパーマイクロウェーブキャノンは、膨大な量の電力を使用する兵器でもある。移動後の地点でスーパーマイクロウェーブキャノンを放てるほどに安定した電力が確保できるかは未知数だ。


 しかし、新しく算出された進路はそれまでとは大きく異なっており、現地点から約三キロメートルほど離れた地点を通る予想となっていた。これでは、いくらスーパーマイクロウェーブキャノンであっても、有効打は与えられない。兵士達は覚悟を決めて、移動を始めた。


 第二迎撃地点に向かう兵士達を、数頭のバッファローたちが阻んできた。その相貌は緋色に光り、およそ正気を保っている様子はない。バッファロー達が兵士達の姿を認めると、案の定、襲いかかってきた。今回配備されたスーパーマイクロウェーブキャノンを始めとした兵器群は、タイフーンなど動きが鈍いのが相手であれば有効だが、動きの素早い生物に当てることは現実的ではない。兵士達は各々が背負った小銃を構えた。炸裂する火薬のけたたましい音が、あたりに響き渡る。


 行く手を阻むバッファロー達を排除しながら第二迎撃地点に向かうものの、妨害を受けながらの進軍のため、当然、その歩みは決して速くない。もたもたしている間に、バッファロータイフーンが第二迎撃地点に接近、これ以上の進軍は危険として、撤退を余儀なくされた。


 都市トーキョーの全てを飲み込みながら、バッファロータイフーンは突き進む。本来なら政府特殊災害対策軍が待ち受けていたはずのアラカワを、悠々と踏み越える。バッファロータイフーンは尚も勢力を増しながら、衛星都市、サイタマを目指していた。

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