第二十九話「精霊の雫」

「ここは」


 目が覚めると、目の前につるが網の目状に張り巡らされていた。


「俺は、閉じ込められているのか?」


 カエデは、周囲を見渡してみる。


 後ろと左右は、木製の壁っぽいな。目の前は、つるが網目状に張り巡らされている。牢屋みたいだ。牢屋の外は、森が広がっている。外に作られていた牢屋か。


「気づいたか、人間」


 木の影から、葉っぱを身にまとった木霊が現れた。


「俺を閉じ込めて、何するつもりだ?」


「人間は、精霊の裁判にかける。悪の根源である、ばぁ様の手下となれば、重罪は避けられないから覚悟しとけよ」


「精霊の裁判?」


 裁判って、あの罪人の罪を裁く裁判のことだよな?


「あぁ、そうか。人間は、知らないのか。精霊の裁判は、遥か昔に———」


 木霊は、精霊の裁判について、長々と語り出した。


 ダメだ。変な単語も混ざっていて、全く頭の中に入ってこない。


「それでだな。僕の先祖は、こう言ったのさ」


「待ってくれ」


 カエデは、ずっと話し続ける木霊のトークに耐え切れず、待ったをかける。


「なぜ、話を止める。これからが、良い所だったのに」


「要点だけ言ってくれ」


「人間は裁判にかけられる。一番、罪が軽いので釈放。一番、罪が重ければ死ぬまで、この森のために働いてもらう」


 木霊は、不満げな様子で、カエデのことを見る。


「俺が裁判に、かけられるなら、罪は重いのか?」


「当たり前だ。ばぁ様の手下だからな」


「ばぁ様は、木霊に何をしたんだ?」


 確かに、腹黒いとこはあるかもしれないが、そこまで悪い妖怪ではない気がする。


 木霊は、カエデの言葉を聞き、しばらく黙り込む。


「人間。名前は?」


「カエデ」


「カエデ、お前は、ばぁ様がやった悪行を知らないんだな。裁判まで、時間がある。ばぁ様の悪行について教えてやろう」


 ばぁ様は、木霊達に対して、一体なにをしたって言うんだ?


「ばぁ様が、元は人間だってことは、わかるよな」


「人間の頃は、邪馬台国で、卑弥呼と名乗り、女王として国を治めていたって聞いている」


「そうだ。卑弥呼が霧島に来たのは、今から約二千年前。当時は霧島に、俺達木霊しかいなかった。それが、ある日。見た事もないぐらい巨大な船が、霧島に来たんだ」


 その巨大な船は、ばぁ様が妖亭で紙に描いていた船だろう。


「長旅だったのか、船員は、みんな衰弱しており、後から聞いた話だと、この霧島に来るまでの間に、半数は死んでいたらしい」


 それほどの危険を冒してまで、霧島に来たのか。


「その船には、絶世の美女と呼ばれても良いぐらい、美しい女性がいた」


「それが、卑弥呼なのか」


「そうだ。卑弥呼は、妖術という特別な術が使えて、数日で俺達、木霊と接触してきた。要件は、食料と水を分けてもらえないかの懇願だったけどな」


「分け与えたのか?」


「もちろんだ。俺達は、悪人ではない。懇願どおりに、山菜と水を、卑弥呼と船員に分け与えた。今考えれば、この時に卑弥呼が、ここに来た理由を調べるべきだったと後悔している」


 木霊は、悔しそうな表情で、カエデを見た。


「卑弥呼は、何しに、この霧島まで来たんだ?」


「卑弥呼は、『精霊の雫』を探しに来ていた。俺達が大切に守って来た、家宝の一つだよ」


「精霊の雫?」


「そうだ。精霊の雫は、俺達の生みの親である女神が流した涙だと伝わっている」


「なぜ、ばぁ様は、その精霊の雫を狙っていた?」


「それは、精霊の雫を飲むと、いかなる生き物でも、不死になると言われているからだ」


「いかなる生物でも、不死に? もしかして、ばぁ様が今も生きているのって……」


「精霊の雫を飲んだからだ。さすがに、老化までは止められなかったようだがな。一定の歳まで、老けて行って、老婆になった所で老化が止まった」


 不死にはなれたが、老いは避けられなかった。精霊の雫とはいえど、不老にもなれる万能な薬ではないのか。


「ばぁ様は、精霊の雫が、霧島にあるのをなぜ、知っていたんだ?」


「それは、知らない。だが、交流があった時期、夜になると祈祷をしていたって仲間が言っていた」


 神の力ってやつか?


「精霊の裁判まで、まだ時間はあるな。俺は、用事を足してくる。大人しくしていろよ」


 木霊は、そう言うと、森の奥に消えて行った。


「精霊の裁判は、厄介そうだ。早めに出られるなら、出たいな」


 カエデは、つるで作られた檻を破ろうとする。


「なんて、固いつるだ。素手で、破るのは困難か?」


 カエデは、力任せに引っ張ったり、押したりしたが、つるの檻が破られることはなかった。


「苦戦している」


「ん? この声」


 突然聞こえた女性の声。カエデは、聞こえた女性の声の方向を見てみる。


 そこには、赤い首輪を付けた白猫が座っていた。


「赤い首輪を付けた白猫……アカネか!」


「いくら待っても、戻って来ないから、猫の姿になって潜り込んできた。カエデの匂いを辿ったら、ここに来た」


 白猫の姿になっているアカネは、檻の前に来る。


「出られないの?」


「つるが硬くてな。この通り……うううん!」


 カエデは、アカネの前でつるの檻をこじ開けようとした。つるの檻はびくともしない。


「どいて」


 カエデは、アカネの言葉に従い、つるの檻から離れる。


「えい」


 アカネは、ジャンプして、つるの檻を爪で引掻いた。


「あんなに硬かったつるが」


 つるが切れて、人が一人通れそうな、隙間が出来上がった。

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