【短編】最近できた義理の兄が優しすぎて私は今日も素直になれません 〜朝日向火乃香と義兄の誕生日~

火野陽晴《ヒノハル》

【6月中旬】朝日向火乃香と義兄へのプレゼント

  わたし、朝日向あさひな火乃香ほのかには三分以内にやらなければならないことがあった。


 今日は6月13日。


 わたしの兄貴の誕生日。


 プレゼントは用意できてる。

 ボクサーブリーフと靴下のセット。


 だけど、まだラッピングが出来てない。


 『十分後には家に着く』という兄貴のメッセージに気付いたのは、今から七分前のこと。つまりあと三分で兄貴が帰ってくる。


 本当は17時に帰る約束だったのに今はもう18時。あの兄貴のことだから、これ以上遅れる事は無いだろう。


 間違いなく、兄貴は三分以内に帰ってくる。


 この三分以内にラッピングを施さないと、兄貴に渡せなくなる。

 生まれて初めてバイトをして買ってきた、生まれて初めて贈るプレゼント。

 

 だから、外見も綺麗に整えたい。


 なにより物が物だ。包装もせずにそのまま渡すのは何となく気が引ける。

 こんなことなら、お店でラッピングしてもらえば良かった。けど男物の下着と靴下なんて、恥ずかしくて『ラッピングして』なんて言えなかった。


 そもそも下着と靴下を誕生日プレゼントに選んだのが間違いだったのかな。

 でも、今まで男の人にプレゼントなんて買った事なんて無かったし、何をあげれば喜んでくれるのかも分からなかったし。

 だから一番役に立ちそうな下着類を選んだ。

 下着なら外から見えないし、多少センスが悪くても安物でも我慢して使ってくれるだろうと思った。


 なにより兄貴の下着類は、擦り切れてボロボロの物も多っかたから。買い換えればいいものを、そうしないのはわたしが転がり込んできたせい。


 わたしと兄貴は血が繋がっていない。

 いわゆる義理の兄妹きょうだいというやつだ。


 いまから数年前、わたしのお母さんと兄貴のお父さんが再婚した。

 でも兄貴とは一緒には暮らしていなかった。

 兄貴のお父さんは、家族を捨ててほぼ失踪同然に家を出たらしいから。それも多額の借金を兄貴に押し付けて。


 おかげで自分に兄貴が居るなんて知らなかった。

 兄貴も私の存在を知らなかった。


 わたしのお母さんと兄貴のお父さんが、旅行中の事故で亡くなるまで。


 お父さんが押し付けた借金のせいで、出会った頃から兄貴は貧乏だった。にも関わらず、天涯孤独のわたしを引き取った事で貧乏に拍車が掛かった。


 それでも兄貴はわたしに辛い思いをさせまいと、いつも自分のことを後回しにしてわたしを優先してくれる。本当にお節介で損な性格だ。


 だから、兄貴には喜んで欲しい。


 生まれて初めてバイトをして、ほんの少しだけ得られたお給料。お金を稼いだ感動よりも、『兄貴にプレゼントを買ってあげられる』という喜びの方が大きかった。


 たぶん浮き足立っていた。


 だからロクに考えもせず、高校の制服を着たままお店に向かったのだと思う。

 お店の鏡に映る自分を見て、初めて気がついた。


 顔から火が出そうになった。


 会計を済ませ、私は逃げるように帰宅した。おかげで100円ショップに寄るのを忘れてしまった。


 ラッピングのことに気付いたのは1時間前。


 慌てて近所の100円ショップに走ったけれど、まさかこんなギリギリになるとは思わなかった。


 てゆーか、兄貴がもっと早く誕生日のこと言ってくれてれば前もってプレゼントも用意出来たのに!

 

 ……って、こんな愚痴こぼしてる暇なかった!


 もう綺麗に包装する時間は無いから、プレゼント袋に入れて完了。だけど――


「これ、どうしよう」


わたしは手の中のメッセージカードを見つめた。


 我ながら可愛げのない文面だ。

 恥ずかしくて死にそうになる。

 でも、これがわたしの精一杯。


「やっぱ、入れるのやめようかな」


言い訳みたく呟いて、わたしはメッセージカードを破り捨てようとした。

 

 だけど、すぐにその手を止めた。


 こんな時くらい日頃の感謝を伝えないと。兄貴が拾ってくれなかったら、わたしは今頃どうなっていたか分からないんだから。


 そう思った。


 かといって、恥ずかしい事に変わりないけど。


 ――ガチャ……。


玄関からドアノブを動かす音が聞こえた。

 まずい、兄貴が帰ってきた。


 もう時間がない。


 慌ててプレゼント袋を閉じると、クローゼットの奥にそれを隠した。


 玄関に鍵を掛けておいて良かった。


 メッセージカードをポケットに突っ込み、急いで玄関に向かう。

 

 ガチャッ……と鍵を開ける音が響いて、恐る恐ると兄貴が顔を覗かせた。

 わたしは玄関に仁王立ちして兄貴を出迎える。


「遅い!」


今の今までプレゼントを用意していた事を悟られたくなくて、わたしは大して怒ってもいないのに声を荒げてみせた。


 兄貴はおっかなびっくりに、「ごめんなさい」と手を擦り合わせて謝った。

 わたしはすぐに気を許した。べつに元から怒ってなかったし。


「お腹空いてるでしょ。晩御飯できてるから」


そう言って兄貴をリビングに誘導した。

 夕食は奮発してハンバーグと手作りのケーキ。


 プレゼントは食事の後に渡した。

 少しだけ、渡すのを躊躇ためらった。

 だけど兄貴は喜んでくれた。

 すごく喜んでくれた。

 その姿を見てると、何故だかわたしの方が嬉しくなった。


 でも、メッセージカードは結局渡せなかった。


 今からでも遅くはない。だけどわたしはポケットからカードを取り出し、ビリビリに破いてゴミ箱に投げ捨てた。


 この言葉は、いつか自分の口から伝えよう。


 そう思ったから。




 ―― いつもありがとう、兄貴。

    わたしの兄貴になってくれて。

    わたしの家族になってくれて。

    これからも、ずっと一緒に居てね。 ――




-------【TIPS:朝日向火乃香のDM】-------


こんにちは。

この物語に登場している朝日向あさひな火乃香ほのかです。

いつもは兄の悠陽ゆうひ視点でわたし達の日常を描いているんだけど、今回はその出張版です。この物語も本編の中に出てきたエピソードの裏話です。

もし面白いと思って貰えたら、本編も読んで頂けると嬉しいです!


〈最近できたクールな義妹が可愛すぎて俺は今日も誘惑に負けそうです〉


https://kakuyomu.jp/works/16817330665749494672


改めまして、最後まで読んで下さりありがとうございました♪

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【短編】最近できた義理の兄が優しすぎて私は今日も素直になれません 〜朝日向火乃香と義兄の誕生日~ 火野陽晴《ヒノハル》 @hino-haruto

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