アコガレリカイ
ナナシリア
憧れと理解
「憧れは理解から最も遠い感情」と言われることがある。
違う。そうじゃない。
憧れも理解もどちらも自分の心にある。
どちらも発現して喧嘩しあって、複雑な感情を抱える。
「こんな作品を書けるようになりたいな」
それを呟いても、心の中には別の感情もある。
なんで俺のじゃなくてこの作品が。
でも、確かにこの作品はすごい。
この作品と、出会ってよかった。
でも、この作品と出会わなければよかった。
見ているだけで自分と作者の力量の差を感じて辛くなる。もう読むのをやめてしまいたい。
しかし、ここで読むのをやめるのは作品と向き合っていないということだ。逃げだ。
俺はまた、次の話を見た。
「だから、超えたい」
純粋なその意志は、なによりも力になる。
憧れるから超えたくなるし、そのために作品を何度も読み込む。心の底から理解するために。
湧き上がる意欲を、一つも抑えることなくすべて目の前のキーボードにぶつける。
その作品を書き上がると、何時間もの時間が経っていた。
――投稿。
あまり評価されないかもしれない。でも、これが俺の全力だから、見せつけておきたい。
「あ、コメントだ」
確認する。
コメントの主は、さっきの作品の作者だった。
嬉しいという感情と同時に敵愾心も溢れ出る。
「偉そうにコメントしてきやがって」
その内容はおおよそ肯定的な内容ではあったが、その少し上から目線気味な内容が気に入らなかった。
「分かり合えないかもな。やっぱり、憧れは理解から最も遠い感情なのかもしれない」
アコガレリカイ ナナシリア @nanasi20090127
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