入れ替わり同窓会

半ノ木ゆか

*入れ替わり同窓会*

 私は息を弾ませ、勢いよく襖を開いた。

「みんな、久しぶり!」

 お酒を片手にお喋りしていたみんなが、こちらを向いて目を丸くする。

 一人の男性が笑顔で言った。

神田かんださん、久しぶり。空いてる席に坐ってよ」

 三月下旬。今宵は、待ちに待った同窓会。中学時代のクラスメイトに、七年ぶりに会いに来たのだ。

 私は、地元の七姫西中学校からたった一人、市内の難関校を受験して、進学した。その後、地方の大学に行ってしまったので、昔馴染の友達となかなか顔を合せられなかったのだ。

 私は座布団に正坐して、みんなの顔を眺めた。

 当時と比べると、髪型も服装も大人びていて、ぱっと見では誰が誰だか分らない。七年も経っていると、顔立も変ってしまうのだろう。

「ねえ、栞里しおりなの?」

 声をかけられて、私は振り返った。

 隣に坐っていたのは、白いセーターに身を包んだショートヘアの女性だった。私はきょとんとしてしまった。

 こんな子、同じクラスにいたかな?

 彼女は目をきらきらさせて、私の手をぎゅっと握った。

「久しぶり! 綺麗になってたから、全然わかんなかったよ。メイク変えたの?」

「ひ、久しぶりだね。美容系動画とか見て、いろいろ勉強してるんだ」

 笑顔を繕い、私は答えた。

 本当は、彼女の名前すら思い出せない。でも、こんなに再会を喜んでくれているんだ。正直に「憶えてない」と言うのも、申し訳なく思った。

「遅くなってごめんね。お昼の地震で、電車が遅れてたんだ」

「ううん。電車、大変だったね。地震の時、怪我とかしなかった?」

 内気な私を気遣って、彼女は明るくお喋りに付き合ってくれた。私はにこにこと相槌を打ちながら、心の底では、ひどく焦っていた。

 どうしよう……本当に憶えてない。

 彼女の顔を何度も見返しながら、一人々々、記憶の中の同級生と照し合せてゆく。だけど、一致する人がいないのだ。ド忘れしてしまったらしい。

 缶チューハイをぐいと飲み干し、こっそりと視線を逸らす。

 周りを見回して、ふと気付いた。

 よくよく見たらほかの人も、私の知らない人ではないか。

 年月が経って、顔が大人びたわけじゃない。私の知っているクラスメイトとは、そもそも別人のように見えるのだ。

 こんなことって、ありえない。私はだんだんと不安になってきた。

 おそるおそる、近くであぐらをかいていた男性に訊ねる。

「ここって、三年二組の同窓会で合ってるよね?」

「もちろん、そうだけど」

 彼は不思議そうに、私の顔を見返した。

 背筋がさあっと寒くなる。私の脳裡に、ある言葉が思い浮んだ。

 ――パラレルワールド。

 昔、こんなお話を読んだことがある。

 電車に乗ってうとうとしていた男性が、見知らぬ駅に辿り着いてしまう。スマホを開いてみると、訳の分らないネットニュースばかりが並んでいた。ホームには誰もいなくて、ひっそりとしている。彼は、今までの世界に似ているけれど少し違う、別の世界に迷い込んでしまったのだ。

 パラレルワールドが存在するというのは、全くの空想のお話ではない。物理学者のあいだでは、私たちの住んでいる宇宙とは別に、少しづつ違ったいろいろな世界があるのではないかと、真剣に議論されているのだ。

 そう言えば今日は、ちょっと大きめの地震があった。万が一にも、その時のはずみで、私だけ別の世界に飛ばされてしまったのだとしたら……。

「わあ、懐かしい!」

 黄色い声が上がった。

 向いの席の人たちが、中学の卒業アルバムを開いている。気付くと私は身を乗り出していた。

「ちょ、ちょっと見せて」

 三年二組の頁を慌てて探す。開いてみて、私は愕然とした。

 知らない顔と知らない名前がずらりと並んでいる。「神田栞里」という名前は確かにあった。だけど、そこに載っていたのは私ではなく、眼鏡をかけた見知らぬ女の子だったのだ。

 私を見据えて、一人が言った。

「君は……本当に神田さんなの?」

 私はどきりとした。

「僕の知ってる神田さんとは、全然顔が違うし。それに、さっきから戸惑ってるように見える。君は一体、どこの誰なんだ」

 部屋がしいんとした。こめかみに汗を滲ませて、重い口を開く。

「わ、私は――」

 その時、襖が勢いよく開いた。

「みんな、久しぶり!」

 部屋に飛び込んできたのは、私と同じ年頃の眼鏡をかけた女性だった。心臓が止まるかと思った。彼女は、卒業アルバムに載っていた「もう一人の私」だったのだ。

 静まり返っていた部屋が、ざわつき出す。私たちを見比べて、白いセーターの彼女が目を白黒させている。

「もう一人の私」も、私を見つけてぎょっとした。

「あんた、誰?」

 ぶっきらぼうな物言いに、むっとする。私はお酒の力を借りて、「どしん!」と一歩踏み出した。

「あなたこそ、誰なんですか。私は七姫西中学校卒業の、神田栞里です!!」

「に、西中?!」

 部屋中のみんなが、声を揃えて驚いた。

「もう一人の私」が、負けじと声を張る。

「私は七姫中学校卒業の、神田栞里です!!」

 私はきょとんとした。それから、耳がかあっと熱くなった。

 バツが悪くなった私を見て、彼女がくすくすと笑う。

「名前がたまたま同じだったから、みんなに勘違いされちゃったんですね。西中の同窓会は、となりの部屋ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

入れ替わり同窓会 半ノ木ゆか @cat_hannoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ