黒髪歴史

天西 照実

黒髪歴史


 私は高校時代、おさげ眼鏡だった。

 左右の肩から超ロングの三つ編みを下ろした、眼鏡の生徒だった。

 眼鏡は現在も度数を増して継続中だが、髪は肩甲骨が隠れる程度にしている。

 高校時代は、髪を下ろして座ればお尻で踏んでしまう長さだった。

 この超ロングの髪が私の黒歴史。黒髪歴史だ。



 もう20年以上経ってしまったが、今でも田舎に行けば出会えるだろうか。

 茶色く染める事もなく、ゆる編みで可愛らしさを出すわけでもなく。

 左右の耳の後ろから、きっちりと編み目も揃った長い三つ編み。

 まるで黒いロープ。


 そう、ロープとして使おうと思っていたのだ。


 切るのが面倒。

 下ろすと背中が温かい。

 無心に三つ編みするのが楽しい。

 くせ毛だから、編んでまとめておかないと広がる……。

 どれも言い訳だった。


 いつか、自分が危機に直面したとき。

 ロープとして、敵の首を絞める事が出来る。

 左右2本の三つ編みを切れば武器にもなる。

 両手に持ってヌンチャク、結び合わせればムチ。


 護身のつもりか虚栄心なのか。

 体に凶器を持っている。だから大丈夫。

 そんな安心があった。


『俺の左手に封印されたナントカが暴れだしそうだ!』

 中二病として表現される状態を、実用的に体現していたのかも知れない。

 それを口に出すのは、さすがに恥ずかしかった。

 だから人に話した事はない。

 黒髪ロープは本気でも、恥は自覚している。そんな感覚だった。


 それでも実際に必要な場面に出くわせば、三つ編みを使う気は満々だった。

 穴に落ちた人を助けたいのに、あとちょっとで手が届かない場面とか。

 無人島や誰も居ない町に取り残されたら、ロープは必須アイテム。

 毛先を筆にして、自分の血でSOSと書く事も出来る。

 夜道で刃物男が襲い掛かってきたら、三つ編みを振り回してひるませる事も出来る。

 野犬の群れなら、三つ編みを切ってビュンビュン鳴らせば驚いて逃げるのではないか……。


 よく、そんな妄想をしていた。

 そして、自分で突っ込みを入れる。

 いやいや、髪を切るために筆箱からはさみを取り出すなら、一緒に入れているカッターナイフや眼鏡のネジを締めるための鋭利なドライバーを使いなさいよ、と。

 なかなか危なっかしい思考の学生だったと思う。


 髪を下ろせば、幽霊のふりも出来る。

 暗くなった帰り道。突然、幽霊がうようよしていたら。

 三つ編みをほどいて垂らせば、幽霊たちも見間違うだろう。

 幽霊ドッキリも仕掛けられる。

 そんな妄想もしていた。



 そして、凶器や便利アイテムどころか幽霊ドッキリとしても、長い三つ編みを活用せずに、私は髪を切った。

 突然、ある事に気付き、私は長かった髪を半分ほどの長さに切った。


 肩コリ首コリが酷くなったから。

 毛根が心配になったから。

 朝の身支度時間がもったいないから……。

 確かに感じてはいたものの、これも言い訳だ。


 卒業間近になって、やっと気付いたのだ。

 三つ編みを左右から顎の下に回して後ろへ引っ張れば、自分の髪で自分の首を絞められてしまうのだと。


 誰が見ても、本人の首を絞めるのに丁度良いと思うのでは……?

 本気でそんな事を思い、

『受験で髪にかける時間が無くなったので、半分くらいの長さにしてください』

 そう言って、切ってもらったのを覚えている。

 床に落ちた髪の塊を見て、この中に人の顔があるのでは?

 なんて、ホラーな妄想をしたのも覚えている。



 若い頃は、学生時代にそんな事を考えていたなんて、口にできるものではないと思っていた。

 とはいえ、三つ編みにすればミステリー。髪を下ろせばホラー。

 好きなジャンルを、どちらも楽しめる髪型だ。

 開き直って、今からまた同じ髪形を目指すのはどうだろう。

 年齢的に、毛根が心配かしら……。


 現在、長さは肩甲骨が隠れる程度だが、髪色は黒のままだ。

 創作怪談やホラー小説のアイディア元として、自分の黒髪をバサバサにして眺めている。

 長い三つ編みは黒歴史。

 とはいえ、その妄想の方向性は、今でもあまり変わっていないのかも知れない。



 これが私の、黒髪歴史です。



                                  了

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