似ていた二人

仁志隆生

似ていた二人

 彼女には三分以内にやらなければならないことがあった。

 だが、それをするのは難しかった。




「うう、間に合わなかった」

 購買部でお目当てのパンを買えたまではいいのだが、時計を見ると昼休み開始から五分。

 彼女が涙目で歩いていると、

「おせーんだよ、三分以内って言ってんだろ」

 如何にも「アタシ達ワルです」といった三人の女子生徒が彼女に近づいて言った。


「そ、そんな事言われても、混んでて」

 彼女が震えながら言う。

 どうやらパシリに使われているようだ。

「言い訳すんなっつーの。じゃあ今日も金はおめー持ちだ」

 リーダー格の女子生徒が睨みながら言った。

「そんな……お小遣いが」


「あっそ、また痛い目に遭いたいならそれでもいいけど」

「ねえ、いっそこの写真バラ撒いてやんない?」

 取り巻きの二人がニヤつきながら言った。

「う……」

 どうやら相当なことをされているようだ……。




 放課後。

 彼女は近所の河原に座り込み、川をじっと見ていた。


「うう……もう、いっそ」

「ダメだよ」

「え?」

 いつの間にか後ろにいたのは小学校低学年くらいで、白いシャツに赤いスカートという服装の少女だった。


「あ、ごめんなさい。なんか川に飛び込んで死んじゃおうって感じだったから」

「そう思ってたよ」

 彼女が思わず言うと、


「そうなんだ~。じゃあこれあげる」

 少女が手渡したのは、赤いミサンガだった。

「これって?」

「何倍も速く動けるようになるお守りだよ」

 ……この子は本当にそう思ってるんだろな。

 ああ、無邪気だなあと思っていると、

「お姉さん、嘘だと思うなら試してみて」

 少女はミサンガを指して言った。


「……うん」

 ちょっと付き合ってあげて帰ってもらおう。

 そう思いながらミサンガを右手首につけて一歩踏み出すと、


 体が羽根のように軽く感じ、あっという間に何十歩も先まで進んだ。

「え? あ、あれ?」

 気のせいかと思って少女がいる場所へと歩くと、やはり一瞬で戻れた。


「ほ、本当に速くなってる?」

「でしょ~」

 少女が笑みを浮かべて言った。

「あ、えっと、あの」

 彼女が何か尋ねようとしたが、

「あ、そうだ。それは一日に三分しか使っちゃダメだよ」

 少女がそう言ったと思うと、最初からいなかったかのように消えた。


「……や、やっぱ神様?」

 彼女は呆けつつもそう呟いた。




 翌日の昼休み。

「え、もう買ってきたのかよ? 三分どころか一分も経ってねーのに」

 ワル女三人が驚きながら言うと、

「うん。これでいいよね」

 彼女はパンと飲み物を差し出した。


「……ああ、じゃあ」

 リーダーの女子が財布を取り出した。

「ちょっと、バカ正直にしなくても」

 取り巻きが止めようとしたが、

「うるせえよ。ほら」

 リーダーはそれを振り払い、彼女に千円札を渡した。

「うん。あの、おつり無いから後で」

「いいよ。とっとけ」

 リーダーは手を振って断り、

「え? でも」

「いいから。じゃあな」

 そう言って去っていった。

「えっと……?」




 その後、毎日間に合うように買ってきては、リーダーからちゃんと代金を貰えるようになった。

 それどころか、手も出されなくなった。


 そんなある日。

 校舎裏に呼び出されて言ってみると、そこにはリーダーしかいなかった。


「あ、あの」

 また何かされるのかと怯えていると、

「……はい」

 リーダーは彼女に封筒を渡した。

「え、これは?」

「前までの金だよ」

「え、えっと、多すぎ」

 中を見ると万札が十枚入っていた。

「詫び代も入れてるよ。それと写真は消しておいた」

「え、どうして?」

 彼女が戸惑っていると、

「……お前、なんか変わったなあと思ってさ。前まではトロくさくてオドオドしてたのに、今はなんでも手早くするし、明るくなってきてるな……それはアタシ達が手を出さないからかもだけど」


 手早くなったのはミサンガのおかげ。

 神様?は三分以上はダメって言ってたけど、それ以上使っても何も起こらないかったから、普段からしょっちゅう使ってたんだ。


 彼女がそう思っていると、

「けどさ、やっぱパシリだけでも辛いよな……やつれてきてるし」

 リーダーは暗い顔で言う。

「え、そうかな? 私、やつれてる?」

 彼女が自分の顔に手をやりながら言うと、

「自分でも気づいてなかったのかよ。てか誰からも言われてないのか?」

「家族は私に興味ない。お金だけあげてればいいとしか思ってないみたい」

「へ?」

「友達もいない。だから相談もできなかったの」

「……そうかよ。なぜか自分とダブって見えたのは、それでだったのか」

 リーダーはうつむきがちになって言った。 

「え?」

「アタシも似たようなもんだよ。けど今まで知らなかったからさ、なんであんなのとダブって見えるんだと腹が立って、それで……ごめんなさい、もうパシリも頼まない。何もしないよ」

 リーダーはそう言って深々と頭を下げた。


「……あとさ、早く病院行けよ。ほんとやばく見えるぞ」

 顔を上げ、涙目になって言う。

「あの、ううん」

 彼女が何か言いかけて頭を振る。

「なんだよ? 遠慮なく言ってくれよ」

「う、うん。私、一人で病院行った事ないの。だからどうすればいいかよく分からなくて」

「そうかよ。じゃあ着いてってやるからさ、今からでも行こうぜ」

「うん。……あっ!」

「え? あ」


 上を見ると植木鉢が落ちてきていた。


「あ、危ない!」

 彼女はミサンガの力を使い、リーダーに体当りした。

 それで植木鉢を避けられたのだが……。


「う、助かったよ。ありが……え?」

 彼女は気を失っているどころか、息をしていなかった。

「ちょ、おい!?」


――――――


「あ、あれ? ここは?」

 辺りを見ると小石だらけで、大きな川が流れている場所だった。

「だから三分以上使っちゃダメって言ったのに~」

 あの少女が彼女の前に現れた。

 

「あ、神様」

「あたしは神なんかじゃないよ」

 少女は嫌そうな顔をして頭を振る。

「え、じゃあ何ですか?」

「なんでもいいでしょ。それよりお姉さん、せっかくあの人と仲良くなれそうだったのにあれ使いすぎちゃったから」


「……はい。けど最後に彼女を助けられました」

「助けられてないよ」

「え?」

「ほら、あれ見てよ」

 少女が指差した先、川を見ると水面にいくつもの映像が浮かんでいた。


 あの植木鉢を落としたのは、取り巻きの二人だった。

 リーダーに裏切られたと思った二人は、事故を装ってリーダーを大怪我させようとしたらしい。

 だが失敗したので、今度は自分達はリーダーに脅されてやむを得ず彼女をいじめていたと通報した。

 彼女を死なせたのもリーダーのせいだと……。

 

 そしてリーダーは退学させられた。

 その後リーダーは心を病んだのか、最後は自らその命を……。



「そんな……」

 彼女が涙目になっていると、

「お姉さんもあの人も悪くないよ。悪いのは周りの人達だよ」

「……え?」

「だって誰も助けなかったじゃない。見向きもしなかったじゃない。誰か一人でも真面目に考えてたら、二人共幸せに過ごせたかもなのに」

 

 そう、なのかも……。

 もしかすると、仲良くできたかも。


「うん。同じだったから、もっと早く分かってたらね」


 そう、なのかも……。


「ねえ、あたしと一緒にあいつらやっつけない?」

 少女が笑みを浮かべて言うと、

「……あなたもしかして、悪魔?」

「だからそんなのじゃないよ。それで、どうするの?」


「……ええ」

 彼女の心にはもう、自分とリーダーを死なせた者達、助けなかった者達への憎しみしかなかった。


「じゃあ、あたしの手を握って」

「……はい」

 少女の手を取ると、彼女は少女に吸い込まれるように消えた。


「ぬふふふふ……お姉さん、一緒に行こうね」

 少女は胸に手をやって言った。


 その顔には笑みが浮かんでいるが、黒い何かも浮かんでいるようだった……。

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似ていた二人 仁志隆生 @ryuseienbu

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