黄色へ

その日、用事があるからと姉さんは出かけた。

幼い甥っ子と母さんと僕は家でそれぞれいつも通りに過ごしていた。

甥っ子はおもちゃで遊んだり絵本を読んだり。

母さんは一通りの家事を終え、昼食の準備を始めていた。

僕はというと特にやることもなく寝そべっていた。

そんな昼時へと差し掛かる時間、廊下で電話が鳴る。

僕は電話を取ると名字を名乗る。電話口はどこかの病院名を名乗った。

僕が子どもなのを声でわかったのか、大人に変わってほしいと言われ、母さんに代わる。

病院からの電話で不思議そうにしていた母さんの声色は、話が進むうちに焦りのような感情が出てきた。

「今すぐ向かいます」

電話口に伝えると母さんは電話を切り、僕に向き直った。


電話の内容は姉さんが事故に遭ったから急いで来てほしいということだったらしい。

甥っ子に聞こえないように話し終えたら、母さんは出かける準備を始めた。


準備が出来た頃、外からクラクションの音がした。

タクシーが来たみたいで母さんが小走りで玄関を出ていった。

僕はただただ見送った。


甥っ子が遊んでいた部屋から出てくると、母さんの居場所を聞いてくる。

「用事が出来てちょっと出かけただけだから、良い子にお留守番しとこうね」

甥っ子は少し考えて「お腹が減った」と言った。

昼時はとうに過ぎていた。

甥っ子のために台所を確認すると、お味噌汁と少しべちゃっとしたご飯があった。

それをお茶碗にいれて、猫まんまにして二人で食べた。


ぼうっとしていたようで、いつの間にか夕暮れになっていた。

甥っ子を見ると畳の上で眠っていた。

電話が鳴り、慌てて取るとすすり泣く声が聞こえる。

母さんだ。僕は察してしまう。

姉さんは帰らぬ人になってしまったんだ。

何とかして母さんは喋る。

「夜は帰るから…、帰ったら簡単なものだけど、ご飯、するから。」

そんなことを言っていた。

そして、最後に甥っ子はどうしているかを聞かれた。

「お昼寝してるよ」

そう言った瞬間、ガラス戸の閉まる音がした。

甥っ子が寝ていた場所を見ると甥っ子がいなくなっていた。

母さんに今出ていってしまった事を伝えて、電話を切り、走って玄関を出た。

道に出て左右を確認すると、姿はもう見えず、名前を呼ぶが、返事は聞こえてこなかった。



「駅に行くにはね、あの黄色の看板のほうに行くと行けるのよ」

指をさしながらママがぼくに言う。

その方向を見ても高い塀があって、黄色なんて見えない。

「きいろ?」

「そう、黄色!」

そんな会話をしながらぼくらは歩く。

パパを迎えにママと歩いた時の記憶。


ぼくは駅までの行き方を知ってるんだ。黄色に行くんだ。

ママを迎えに1人で歩く。

オレンジ色の夕焼けに照らされた町の中、できる限り黄色のものを探す。

蝶を追いかけ、見失い、道端のタンポポまで歩き、次の黄色を探す。

大きな道までやっとたどり着いた頃には夜になっていた。

周りは暗く、黄色のものなんて見つからなくなり、寂しくなって涙が溢れそうになった。

車のヘッドライトが視界を照らすと、視界は万華鏡のようにキラキラが揺れている。

そんな景色に少し楽しくなって、辺りをキョロキョロ見渡すと、黄色が目に飛び込んでくる。

暗闇のような町の中、やっと見つけた黄色に目的を見失っていたことを気付かされ、慌てて黄色めがけて走った。

そんなぼくの頭の上で黄色は消えて赤色になる。

消えてしまったことにガッカリしながら、次の黄色を探そうとしていた時、ぼくを呼ぶ声がどこかで聞こえた気がした。

「ママ?」

ママを探そうと振り向いた瞬間、ぼくはとても眩しい黄色の光に包まれた。

そして、けたたましいクラクションの音が鳴り響いてる中、ママの謝るような声が聞こえた。

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夢落ち物語 ジプソス @gypsos

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