分岐路の先にて

world is snow@低浮上の極み

第1話 分岐路B-3

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。背後から容赦なく迫り来る、巨大な黒壁に追いつかれる前に、目の前の分岐路から次の道を選ばなければならないのだ。


 黒壁は、私がこの果てしない迷宮に迷い込んでからずっと、私を追いかけてきている。ジリジリと、しかし二十四時間三百六十五日、休むことなく、黒壁は前進を続ける。今は数メートルほど後方にいるが、あと三分もすれば、ここまで到達するだろう。


 追いつかれたら最後、私は壁の下に巻き込まれて轢き潰されてしまう。だから私は、この迷宮の中で長時間、立ち止まることは許されないのだ。


 それなのに。


 私は視線を進行方向に戻した。いつもならそこには、ダラダラと続く一本道が伸びているだけだ。


 しかし今日は違う。数メートル先に、重たそうな扉が一つ。それが私の行手を塞いでいる。


 単調な一本道以外のものが現れるなんて、この迷宮では、数年に一回程度しか起こらない。とても珍しいことだ。


 突然の非日常に戸惑っていると、扉の脇に立っている古びた看板が目に入った。


『分岐路B-3』


 書いてあるのはそれだけだ。他には何の情報もない。私は首をかしげた。普通「分岐路」と書いてあるからには、そこには複数の行き先があるべきだ。しかし、ここにあるのは扉が一つだけ。他に進路はない。これでは分岐と呼べないだろう。


 私は音もなく迫り来る黒壁を背後に意識しながら、看板の意味について思いを巡らした。


 一見、扉を開けて先に進む以外に、選択肢はないように思える。しかし、わざわざ看板まで建てて「分岐路」だと公言しているのだ。進路が一択なわけがない。


 ここには、見えている扉以外にも、隠し扉や秘密の通路がきっとある。


 そう考えた私は、扉の周辺を少しの間、調べてみた。しかし目に入るのは、左右にそそり立っているのっぺりとした土壁だけ。秘密の選択肢らしきものは、些細な手がかりさえも見当たらない。


 そのとき私は、ふと背後に冷たい気配を感じた。ギョッとして振り返ると、あの黒壁が、もうほんの数歩ほどの距離まで迫ってきている。


 急ごう。

隠し通路探しに夢中になるあまり、壁に轢き潰されるなんて、本末転倒だ。


 私は目の前にある、ただ一つの扉を開けた。するとその先に広がっていたのは、土壁に挟まれた細い通路。今いるこの場所と、大して変わらない通路だ。


 落胆しなかった、と言えば嘘になる。せっかく数年ぶりに扉に出会ったのに、向こうにはまた味気ない景色だけが広がっていたのだ。もう正直、見飽きすぎて吐き気がするほどだ。しかしだからといって、他の選択肢があるわけではないし、黒壁が止まってくれるわけでもない。


 仕方がないので、私は代わり映えしないその景色の中へ、一歩を踏み出した。

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