マジで憑かれる3分前

チャーハン

マジで憑かれる3分前

 ベランダでタバコに火をつけながら黄昏ている安佐波あさなみには三分以内にやらなければならないことがあった。

 霊障に悩む依頼人に会うか、会わないか選択することである。

 何でも屋まがいのことをして早三年。初めての霊障依頼だった。

 

 安佐波は困っていた。

 生まれてこの方幽霊を見たことがない。

 つまり、問題解決は不可能だ。


 しかし、逃げる選択肢は存在しなかった。

 なぜなら、信用が第一な業界だからだ。


 脅されても、泥酔状態でも、YESと言えば必ず達成する。

 例え法に触れるものでも、達成しなければ明日はないのだ。


 それが、正道から外れた彼らが住まう世界の流儀だった。

 

「仕方ねぇ。仕事するか。賭け酒麻雀に負けなければこんな契約しないしな」


 銀色の灰皿にタバコを押し付けているとインターフォンの音が鳴り響く。

 腕時計をちらりと見ると、午前七時を指していた。

 安佐波はゆっくりと玄関前へ向かった。

 

「……な、なんだ?」


 直後、彼の体に寒気が走る。


「ありえねぇ……あんな怖い経験よりも怖いことなんてあるわけねぇよな……」


 妙に跳ねる心臓を擦りながらチェーンをつけて扉をゆっくり開ける。


「あけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 直後、濁った瞳の女が安佐波の扉を壊さんとガチャリガチャリ音を鳴らし始めた。細い腕からは全く考えられないバカみたいな強さで扉をこじ開けようとする。


 大抵の人間なら、正気を失ってしまうのがざらだ。

 しかし、半殺し経験があった彼にとってこの状況は彼の脳を逆に冷静にさせた。

 死の危機があるときこそ冷静さがものをいうのである。


 そして――彼は気が付いた。

 女が、かつて浮気調査をしていた男の結婚相手だったのだ。

 点と点が線でつながるような感覚を覚えた彼は、一言こう言った。


「俺は依頼を引き受けない。だから、俺にはかかわらないでくれ」


 安佐波は直感を信じてその言葉を口にした。

 

 直後――先ほどまで鳴っていた金属音はピタリとやみ、部屋は静寂に包まれた。

 玄関を軽く開けてから周りを見渡すと、女はすでに消えていた。


「……スーツ、変えないとな」


 安佐波は股に出来た染みを見つめながら、鼻で笑ったのだった。

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マジで憑かれる3分前 チャーハン @tya-hantabero

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