鉛筆の使命
木曜日御前
鉛筆は彼の背中に向かって叫んだ
鉛筆には三分以内にやらなければならないことがあった。
それは、目の前にマークシートの空欄を埋めることだった。
全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、この大学試験会場に向かってきているそうだ。
鳴り響くサイレン、断続的な校内放送、取り乱す大学職員、逃げるかどうか悩みながらテストを受ける生徒たち。
『バッファローたちは、三分後大学付近に到達しますが、これによる追試はしません。回答した部分までで採点します』という無慈悲なアナウンスがあったせいだろう。
しかし、受験生全員、大きな問題に直面していた。
何故なら今は、英語のリスニング問題文が再生中だったからだ。放送から流れていたが、誰一人聞き取れる状況では無かった。
「もう一度流せないのか」と抗議した受験生もいたが、明らかにアルバイトの試験監は繋がらない無線機を握り締め「確認中だ」と半泣きであった。
鉛筆の持ち主は青い顔をしつつ、強く鉛筆を握りしめる。
ああ、この時が来てしまったか。鉛筆は思い出した。己に刻まれた合格祈願という文字と、一から六の数字を。
「どうか、正解に導いてくれ」
福岡の寺の売店で買った鉛筆にさえ、毎日願掛けするほど。第一志望に入るために三浪した彼、今年は親から決められたラストチャンス。藁にもすがる願いだった。
覚悟を決めた彼は、鉛筆を机の上で転がす。
からりからり。
導いた数字は、『三』。
導かれたとおり、鉛筆は回答欄の3を塗り潰す。どんどんと外からは今まで聞いたことの無い轟音が近づく。流石の受験生たちも、現実だと理解し逃げ始めた。
彼はぎりぎり解答を終えた。床に置かれた鞄を手に取り、教室から出て行く。鉛筆はその拍子に、彼の手から床へと転げ落ちた。
取り残された鉛筆は、壁を壊して侵入してきたバッファローたちによって空へと投げ出された。そして、逃げていく彼の背中へと届かない叫びをぶつける。
何故なら、彼の受験番号と名前欄は、空白だったからだ。
鉛筆の使命 木曜日御前 @narehatedeath888
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