バッファローの報復

鷹野ツミ

バッファローの報復

 私たちには三分以内にやらなければならないことがあった。


 奴を仕留めること。

 これは生きる目的と言っても過言ではない。


 あの日はよく晴れていたのを覚えている。私たちバッファローファミリーは水辺でゆったりと過ごしていた。

 草むらから忍び寄るライオンたちに気が付かなかったのは、こんな穏やかな日に襲われるわけがないと油断していたことが大きい。走って!と娘に声をかけた時にはもう、遅かった。体の大きなオスライオンに捕まった小さなバッファローが逃げ切れるはずがなかった。

 近付いてくる奴の揺れるたてがみや、引き締まった身体が美しくて一瞬見惚れてしまった。その一瞬が命取りになるというのに。反応が遅れた私のせいだ。

 愛する娘を失い、私たちはお互いの涙を拭いあった。守れなくてごめんね。痛かっただろうに。ああ、最低な母親でごめんね。謝り続けても娘はかえってこない。

 私はこの時ファミリーに誓った。必ず奴に報復すると。


 あの日から数日、奴はプライドを追い出されて独りぼっちになっていることを確認した。ざまあみやがれ。報復のチャンスは今なのだと汗と共に憎しみが滲んでいた。

「聞いてみんな、奴は今あそこに独りきり。でも、他のライオンのプライドが近くにいるかもしれないし、いつ誰に襲われるか分からないわ。だから五分以内、いや、三分以内で終わらせましょう」

 生えている草、木々、全てを破壊しながら私たちバッファローファミリーは突き進む。

 奴を目掛けて。


 プライドを追い出されて傷心中だったのか、奴を仕留めるのは容易だった。

 すぐにくたばりやがって。もっと苦しめよ。くそ、こんなたてがみ引きちぎってやる。内臓を引きずり出して蟻の餌にしてやる。

 私たち、いや、私は無我夢中で動かない奴に攻撃し続けた。

「おい、その辺にしておけよ」「十分やったよ」「あんまり長居するのは危険だ」「俺たち先に行くぞ」

 無我夢中の私に、ファミリーの声は届かなかった。


 あれ?いつの間に私、ライオンに囲まれていたのかしら?

 奴が足元でミンチになっていることに満足したが、私の周りをメスライオンが囲んでいる。動いたら殺られると分かる。

「こんにちは。バッファローさん」

「……こんにちは。あなたたち、メスだけで私を狩るつもりなのかしら」

「ええ。そこでミンチになっているオスは、あなたを釣る餌の役割を果たしてくれたわ」

 奴はメスライオンにいいように利用されていたのか。そんなしょぼくれた奴に娘は殺されたのだと思うと、悔しくてどうしようもなくなる。

「……私がこのオスに報復するって分かってたの?」

「うーん、そうね。だって母親ってそういうものでしょう?さあ、お喋りはおしまいよ。大人しく食肉になりなさい」

「……娘の元に行けるなら本望よ」


 朦朧とする意識の中、視界に入ったのは奴のたてがみの残骸だった。生温い風に揺れるそれは颯爽と走る奴の姿を想起させる。悔しいがどうしても美しいと思ってしまうのだ。狡猾なメスライオンたちに喰われるくらいなら、しょぼくれた美しい奴に喰われたかったなんてどうでもいいことを考えてしまった。







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