聖☆乙女キラキラレボリューションとすべてを破壊するバッファローの群れ

林きつね

聖☆乙女キラキラレボリューションとすべてを破壊するバッファローの群れ

「バッファローですわーーーーーーー!!!!!!!」


 清廉なる学園にお嬢様の雄叫びが響き渡る。

 ここは、聖☆乙女キラキラレボリューション学園。

 皆さんご存知の通り、大人気乙女ゲーム 『聖☆乙女キラキラレボリューション』の舞台であり、主人公のある日突然お嬢様になってしまった折り紙屋の娘 キャッシャリンが学園のイケメン達とキラキラでレボリューションな青春の日々を繰り上げるゲームである。

 そして、ちょっと地味な普通の女子高生 高松よしこはある日事故で命を落とし、目が覚めるとこのゲームのライバル令嬢 キャロルーシュに転生していたのだ。

 ここが聖☆乙女キラキラレボリューションの舞台であると気がついた彼女は、大の推しキャラであったキャッシャリンと争い会うなど言語道断。

 悪役? ライバル? ふざけるな! 私は推しと青春を過ごす!

 こうしてキャロルーシュはキャッシャリンと友人になり時にコメディ時にファンタージ時に感動の学園生活を送っていたのだが、もうそれどころではないらしい。


「バッファローですわよーーーーーーーー!!!!!」


 高松よしこ、もといキャロルーシュは叫んでいる。ここは聖☆乙女キラキラレボリューション学園。皆さんご存知の通り、淑男淑女のみが在籍することを許される場所である。

 大声を出すだけでもそれは酷く品性にかける行為である。

 けれども彼女は、叫んでいた。


「バッファローですことよーーーーーー!!!!!」


 叫んでいた。


「おいおいどうしたんだい、キャロルーシュ。キミらしくもない。聖☆乙女キラキラレボリューション学園の生徒たるもの、いつだって優雅にしていなければ」


 荒ぶる鬼神の如しだったキャロルーシュの前に颯爽と現れたのは、生徒会の書記――セセサザンだ。

 ここは乙女ゲームの世界。キャッシャリンの恋愛を邪魔しないために攻略対象の男子生徒とは距離をとっていたキャルローシュ。

 ネームドでありながらも、攻略対象ではないセセサザンと親交を深めるうちに、その心には友情以上のものが生まれつつあった。

 だが今はそれどころではない。

 それどころではないにも関わらず、いつも通り攻略対象でもないくせにキラキラとイケメンオーラを放っているセセサザンを前に、理不尽にもキャルローシュはキレた。


「アホか!! なにが優雅じゃボケ!! 異常事態じゃっちゅうねんワレ外見てみんかい!!」


 キャルローシュの前世の故郷は西の方である。


「キャルローシュ、落ち着いて。落ち着いてくれキャルローシュ。そのキミの姿、ボク以外の人に見られたら……この前バレかけて大変だったじゃないか。一旦深呼吸をして、なにがあったかゆっくり話してくれないから」


 セセサザンの手が、そっとキャルローシュの頬に触れる。温かい手だ。

 キャルローシュは自らの頬に添えられた手を、優しく握り返した。荒れた呼吸を整えて、そして体が崩れる。

 それを咄嗟にささえたセセサザンに体を預けて、彼女は泣いた。目の前で起こった不条理に。そして、親友の死に――。


「バッファロー……バッファローの群れが現れましたの……」

「バッファローって、あのアメリカで一番有名な動物の」

「……はい」


 聖☆乙女キラキラレボリューションの世界ではそうだ。


「わ、わたし……キャ、キャッシャと街へお買い物に出かけていたんですの……そしたら、そしたらいきなり向こうからバッファローの群れがやってきて、街も人も、すべて壊しながら……キャッシャは……わたしを庇って……」


 死んだ――と。表現していいのかもわからない。

 破壊された街。よくパンを買ったあの店。初めてキャッシャリンとキャルローシュが心を通わせたあの噴水。

 それはすべて唐突に現れたバッファローによって破壊された。

 飛び散った壁の破片は地面に落ち、そして初めからそんなものはこの世に存在しなかったかのように粒子となって消えた。そう、さながらゲームのように。

 キャッシャリンも同じく――


「ああ、キャッシャ……キャッシャぁ……」

「そんな、馬鹿な……」


 セセサザンは呟く。今目の前で語られた荒唐無稽な話は、今目の前で語った少女の涙が真実と証明している。

 ならば一人の男として、セセサザンができることはなにか。自らが好意を寄せている少女に対して、できることはなにか。

 それを即座に導き出せるほど、セセサザンは英雄ではなかった。


(ああ、ボクにも生徒会長のような力があれば……)


 自らの無力さを奥歯で噛み殺しながら、セセサザンはキャルローシュの手を取り立ち上がらせる。


「キャルローシュ、今はまず、一緒に学園長の所へいこう。そんなバッファローの群れがいるならこれは一大事だ。急いでみんなを避難させなくては」

「――ええ、そうですわね。サザン。ごめんなさい、取り乱して。わたしにもまだできることがありますもの」


 決意を胸に手を取り合う二人。けれど、その決意は大勢の怒号によってかき消された。


「バッファローだーーーー!」「バッファローが攻めて来たぞーーー!」「ああ、誰か、誰か、バッファローが、バッファローがすべてを壊していく!!」「生徒会長が生徒会長が消えてなくなった!!皆を守ってバッファローに!!」「ああ、止まらない、バッファローの群れが止まらない!!」「世界は、世界はどうなってしまったんだ」「終わりだ……バッファローに全て壊されてしまうううう!!!!」


 手遅れ。

 窓から見えるその景色は、あまりにもその景色に相応しかった。

 人が、地面が、建物が、学園が、全てが――バッファローにより砕け粒子となって消えていく。

 止まらないバッファローの群れによる破壊。それは校舎の一階を破壊しつくしていた。


「ああ、なんだこれは……なんなんだこれは……ああ、キャルローシュ、キャルローシュだけは命にかえても……ああ……」


 セセサザンの言葉に、ついさっきまでの力強さはない。うわ言のように呟かれるその言葉に、自らを奮い立たせる力は残っていなかった。

 眼前には文字通りなにもない。バッファローが通ったであろう道には、何もない。

 ただ暗闇が広がっていた。ぽっかり空いた世界の穴。それに絶望を見出さない人間が果たしているだろうか。

 飛び交っていた悲鳴はいつしか消え去り、バッファローの足音だけが響いていた。

 セセサザンは膝から崩れ落ちた。あのバッファローの足音が側に届く時、それが自らの終わりなのだと。最後の時を想い人と過ごせたのがせめてもの――


「立って、サザン」

「え?」


 けれど想い人の、キャルローシュの目はまだ絶望には染まっていなかった。

 キャルローシュだけは知っている。この世界が『聖☆キラキラレボリューション』という"ゲーム"であると。

 だから彼女は動じなかった。バッファローが破壊した場所が、空間ごとなくなっていても人が消えても。

 この世界は確かにゲームなのだと、セセサザンが立ち直らせてくれた頭で考えることができた。


「もうこの状況はどうにもなりません。バッファローの群れはもうすぐそこまで迫っていますわ。だからせめて、わたしたちだけでも逃げましょう。サザン」

「逃げる? 逃げるってどこへ! 正気かいキャルローシュ。あのバッファローの数を見たか? 角ウサギ大量発生のあの時が少なくみえるよ! 逃げられっこない! ボク達はあのバッファローによって滅びるんだ!」

「いえ、サザン。逃げ道は一つだけありますわ。あなたがわたしを立ち直らせてくれたから、その道へ行く覚悟ができましたの」

「その逃げ道は一体――……しょ、正気かい?!」


 キャルローシュの伸びた指が指すのは一点。どこまでも広がる、バッファローが破壊した真っ黒な空間。見るだけでも、人としての感覚がそれを拒否する奈落。

 けれどそこに、キャルローシュは希望を見た。


「詳しく話してる暇はありません。けれど、逃げ道があるとしたらあの破壊された空間、あそこしかない。あの空間は恐らくこの世界の外側。すべてを破壊するバッファローの及ばぬ場所。これは賭けです、サザン。もし失敗すれば死ねるかどうかもわからない暗闇の中でさまようことになるかもしれません。けれどこのままバッファローに消されてしまうよりは、わたしは、わたしはあなたと身を投げたい」


 差し伸べられた手を取らないという選択肢は、セセサザンにはなかった。


「キャルローシュ、ボクは実は、キミが……キミが興奮した時に出る国の言葉、あれが凄く好きなんだ」

「――変わっとんなあ、じぶん」


 おびただしいバッファローの群れが二人を取り囲む。バッファローの群れは『聖☆乙女キラキラレボリューション』の世界を破壊し尽くし、色の残った僅かな世界は、スポットライトのように二人を照らしていた。

 そこから役者が飛び去るのと同時に、バッファロー達は文字通り世界のすべてを破壊した。










「……サザン?」

「ここにいるよ、キャルローシュ」

「わたしいま、立っているのかしら。座ってるいるのかしら」

「ごめん。ボクにもわからない。でも、キミの手を握っている。キミの声が聞こえる。キミが見えている」

「そうですわね……。ねえ、サザン。もしかしたら、あのバッファローの群れはわたしのせいかもしれません。わたしが、わたしがキャッシャと仲良くなって、本来のこの世界の在り方を歪めてしまったから――」

「……キャルローシュ、ボクらにできることはなんだろうか?」

「え?」

「あのバッファロー達は、世界を壊すものだった。だったら逆に、世界を壊すものだっていていいはずだ。――歩こうキャルローシュ」

「立っているのかも座っているのかもわからないこの状況で?」

「それでも歩くんだ。ボクらはいまここにいる。だから、ボクらで作るんだ。キミがありのままでいられる世界を。みんなが幸せに暮らしていても、バッファローに壊されない世界を」

「サザン、手を」

「もう取ってるよ」


 二人は確かに歩き始めた。

 なにもない世界に一歩ずつ、穴が開き始めた。

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聖☆乙女キラキラレボリューションとすべてを破壊するバッファローの群れ 林きつね @kitanaimtona

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