KAC20241作品 「神の決断」

日乃本 出(ひのもと いずる)

神の決断


 全能の神には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは、人間たちが建設した巨大な高層建造物を破壊するかどうか、ということを決断せねばならないことであった。


 以前にも神は人間が作った巨大な塔を破壊したことがあった。


 人間たちが神への挑戦として建てたその塔は、バベルの塔と呼ばれ、当時の人間たちの叡智えいちをもって建造されたものだ。


 神も最初は自分の子供である人間が、必死にバベルの塔を建造しているのを見てほほえましく思っていた。


「おお、人間たちもこれだけのものが作れるようになったのだな」


 感慨深い神とは裏腹に、人間の行いを快く思っていないものがいた。それは、神の妻である。


「なによ、あの人間ども。神への挑戦なんて、思い上がりもはなはだしいじゃない。神が自分の創作物に挑戦されるだなんて、そんなふざけたことはないわ。それになによ、塔のてっぺんで火をあげるなんて、私たち神をバカにしてあおっているにちがいないわ。ねえ、あなたあんな忌々しい塔なんて壊してしまってよ」


 いくら全能の神ともいえど、妻には逆らえぬ。


 神は少々残念な気もしたが、地震を引き起こしてバベルの塔を破壊することにしたのだ。


 その際に、念を入れて人間たちの言語をバラバラにして、意思疎通ができにくくしておいた。壊されてまた闘志を燃やして作り直されたら面倒でかなわぬ。


 神の狙いは見事に的中し、人間たちがまたバベルの塔を作ろうとするようなことはなくなった。


 妻はそれを見て満足そうな笑顔を浮かべ、神に言った。


「さすがはあなた。これで神の威厳は保たれましたわ。もしまた人間が同じようなことをしようとしたら、今度は私が罰を下して差し上げますわ」


 それを聞いた神は慌てて言った。


「おいおい、それはやめておくれよ。お前が罰を下してしまったら、また以前のように世界を滅ぼしてしまうじゃないか。また一から作り直す私の身にもなっておくれ」


 神がそう言うのも無理はない。神は以前にも知的生命体を作って世界を創造していたのだが、ことあるごとに妻が途中で難癖をつけてきて、最後には妻から滅ぼされるということを繰り返してきたからだ。


 世界の創造には膨大な時間が必要である。


 そして創造には、その度にとてつもないインスピレーションと相当な忍耐を必要とする。


 いくらなんでも、もう最初からはこりごりだと神も辟易としていたのだ。


 そんなところに、人間たちがまたも高層建築物を作り始めたのだ。


 しかも厄介なことに、バベルの塔と同じくらいの高さ。もし、これを妻が見つけてしまえば、また人間どもが思い上がってと激怒すること間違いない。


 妻は今、外宇宙に散歩に出かけているが、三分後に帰ってくると連絡がきたばかり。


 早急に、この建造物の正体を知らねばならぬ。建物の用途さえわかっていれば、妻になんとか言い訳が立つというものだ。せっかくの人間の努力を無駄にするのはかわいそうだし、なによりも私の努力が無駄になってはたまらぬ。


 神は天空から注意深く、建造物を凝視した。


「以前は、平地の真ん中に塔を建てておったが、これは海の近くに建てているようだ。はてさて、どのような理由で建て始めたのか――――」


 すると、神の頭上から、


「あなた、ただいま」


 という妻の声が響いてきた。


「おや、思ったより早く帰ってきたのだね。今日はいったい、どこまで散歩に……」


 と、神が妻に話しかけた時、建造物の頂上付近から、強い光が放たれ始めたのだ。


 これには神もびっくり仰天。これを妻が見つけてしまえば、きっとまた頂上で火をあげるなど侮辱だと激怒してしまい、世界は妻によって滅ぼされてしまうだろう。それだけは避けなくてはならぬ。


 ええい、こうなれば仕方がない!!


 神は思い切って建造物付近に地震を起こし、建造物を無残にも倒壊させてしまった。


 それに気づいた妻が首をかしげ、


「あら? 珍しいわね。あなたが人間の世界にあんな大きな地震を起こしてしまうなんて。何か理由があるのかしら?」


 すると神は素知らぬ顔をして、


「うん、まあ、たまには人間たちに試練を与えないといかん。その試練を超えてこそ、人間たちの進化が促進されるというものだ。ところでどうして、お前は今日は一段と綺麗に見えるが、何かあったのかね?」

「あら。わかりますか? 実はね…………」


 長い長い妻の話が始まったが、世界を一から作り直すよりはマシだと、神は作り笑いを浮かべて妻の話を聞くのであった。





 ◇ ◇ ◇




 一方、そのころ。


 地震によって倒壊してしまった建造物を見ながら、人々は大きなため息をついていた。


「ああ、なんということだ……あの灯台が倒壊してしまうなんて……」

「まったくだ。あの灯台があれば、船の航海がとても安全なものとなったのに……」

「やはり、頂上にポセイドンの彫像をあしらえたのがいけなかったのかもしれない。あれが神の怒りに触れたのやも……」

「なるほど。それは一理あるな。今後は、ポセイドンではなく、やはり全能の神を奉るべきなのだろう……」

「まあしかし、何百年もの間、船の航海を守ってくれたんだ。それこそ全能の神に感謝すべきなのだろう……」


 人間の数百年は、神にとっては短い時間。


 そんなことも知らずに、アレクサンドリア湾岸から、ファロス島に建てられていた建造物――通称“アレクサンドリアの大灯台”の跡地を見ながら、人々は思いをはせるのであった。

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KAC20241作品 「神の決断」 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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