殺し屋メタモルフォーゼうどん
春雷
第1話
殺し屋には三分以内にやらなければならないことがあった。それは何か。当然ターゲットの殺害である。三分以内に仕事を終え、依頼主へ連絡しなければならない。時間通りに済ませなければ失敗したと見なされ、逆に依頼主に殺されてしまう。
「ちくしょう」
殺し屋はターゲットの家に潜んでいた。クローゼットの中だ。息を潜め、彼の帰りを待った。ターゲットの帰宅の時間は把握していた。ターゲットは滅多に寄り道をしない。仕事が終わればすぐに家に帰ってくる。実際、ターゲットは予想通りの時間に帰ってきた。計画は完璧だった。それなのに手こずって、殺しを完了できずにいる。仕事を完遂できずにいる。彼は殺しの仕事で失敗したことはなかった。ここまで追い詰められるのは初めてのことだ。
「なんてことだ。一体どうなっている」
彼は自分の身体を眺めて、そう思った。彼が仕事を終えられない理由、それは、彼の身体が突然、変化してしまったからだ。
彼の身体は、一本のうどんに変わっていた。
コシのない、ふにゃふにゃなうどんだ。殺し屋は、試しにミミズのように身体をくねらせてみる。しかしそんなことに意味はない。ターゲットに攻撃ができるわけではない。クローゼットも開けられない。所詮うどんなのだ。
幸い、視力も聴覚もある。見聞きはできる。が、それが絶望を深くする。目の前にターゲットがいるのに殺せない。こんなもどかしいことは初めてだ。彼は歯軋りした。しかし歯はなかった。歯軋りしたくてもできない。様々な意味で歯がゆい状況だった。
クローゼットの隙間から壁掛け時計が見える。残り三分。三分でこの状況をどうにかしなければ。しかし何をどうすればいいのか。どうして俺はうどんになっているのだ。意味がわからない。大体俺はうどんよりそばの方が好きだ。いや、そんな問題ではない。
彼は明らかに混乱していた。考えれば考えるほど、状況は悪くなっていくような気がした。最悪だ。俺はここで全てを失うのだ。今まで積み上げた信頼も、命さえも。
彼は身をくねらせるのをやめて、床にへたり込んだ。何をやっても無駄だと悟ったのだ。無気力が身体を駆け巡る。もはや打つ手はない。全てを受け入れるしかない。
彼が無いはずの瞼を閉じようとした時、クローゼットが開いた。クローゼット内が一気に明るくなる。ターゲットがクローゼットを開けたのだ。
ターゲットは、服を選んでいるようだった。しばらく選んでいたが、やがて床に落ちているうどんに気づいた。
「どうしてうどんが落ちているのだ?」
ターゲットはそう呟いた。彼は混乱していた。
殺し屋はチャンスだと一瞬思ったが、結局何もできないことに気づいて、無気力な状態に戻った。どうすることもできない。
しばらく膠着状態が続いた。やがて混乱から立ち直ったターゲットがうどんを摘み上げ、しげしげと眺め始めた。
殺し屋は再びチャンスだと思った。この至近距離なら何かできるのではないか。そう考え、身をくねらせ始めた。
ターゲットは突然動き出したうどんに驚いた。何かの幼虫だったのか、そう思って、気持ち悪くなった。
ターゲットが驚いている間に、殺し屋はターゲットの鼻の穴に入っていった。ターゲットはどうにか防ごうとしたが、遅かった。うどんは鼻の穴から体内へと入っていった。
殺し屋の頭の中で描いていたのは、体内へ侵入し、暴れ、内臓を滅茶苦茶に破壊してやるというものだった。しかし、所詮はうどん。それもコシがないうどんだったために、殺し屋は抵抗できぬまま胃へと落ち、ゆっくりと溶かされていった。激痛に悶えながら、殺し屋は、やはり殺し屋は碌な死に方をしないな、と思った。仕事を完遂できなくて残念だ。失意の内に彼は死んでいった。
しかし、殺し屋は仕事をやり遂げることができた。不摂生な暮らしをしていた殺し屋の身体に溜まっていた毒素が、ターゲットの身体に回り、食中毒のような症状を起こしたのち、ターゲットが死亡したのだ。
殺し屋は仕事をやり遂げたのだ。しかし、完璧な仕事ではなかった。それは何故か。時間がのびてしまっていたからだ。
殺し屋メタモルフォーゼうどん 春雷 @syunrai3333
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます