上条雪之丞の奇妙な体験

タカテン

これは精神攻撃を受けているのか!?

 上条雪之丞かみじょう・ゆきのじょうには三分以内にやらなければならないことがあった。

 が、困ったことに何をやらなければいけないのかを雪之丞は失念してしまった!

 

 雪之丞は信念の人である。

 やると決めたら何があってもやり遂げる鋼の意志を持っている。

 ただし、わざわざ「〇〇してやる!」などとは言わない。

 無論、「目標:〇〇」なんて書くこともない。

 そんなのは意志の弱い人間のやること、強き魂の人間が許されるのは「〇〇してやった!」と結果を口に出すことだけだ。 

 

 ただし、今回はそれが裏目に出た。

 一体何をしようとしていたのか、知る人は誰もおらず、書き置きも一切残っていない。

 そして記憶からも綺麗さっぱり消え失せてしまって……。

 

 はっ!?

 もしや何者かに精神攻撃を受けて記憶を消されてしまったのかッ!?

 

 いやいや、落ち着けと冷静沈着さには定評のある雪之丞は自分に言い聞かせた。

 もし仮に誰かから精神攻撃を受けていたとしたら、この雪之丞が気付かぬはずがない。

 これはただの疲れ……そして年齢から来る記憶障害。

 雪之丞、ここまで内緒にしていたが結構なおっさんである。

 

 が、まだボケてしまう年齢でもない。

 落ち着いて頑張れば、きっと何をしようとしていたのか思い出せるはず。

 幸いにも三分までまだ半分以上残っているし、実のところ、思い出すヒントだってある。

 

 三分というタイムリミットがそれだ。

 

 つまりそれは三分以内にしないと非常に困ることになる部類のもの。

 果たせなかった時に待ち受けるのは身の破滅か、それとも死ぬまで心を苛む後悔か――。

 

 破滅したくないし後悔もしたくもないので、雪之丞はスマホへ手を伸ばした。

 自力で思い出すという選択肢は、ない。

 それよりもググった方が早いことを賢明なる雪之丞は知っている。

 さらには知恵袋に質問を投稿するという禁断の秘術ロスト・テクノロジーすらも雪之丞は軽々と使いこなすという噂……。

 

 と、スマホを起動すると同時に目に飛び込んできた天気アプリ、そしてそこに記された「三分後に雨が降ります」の文字!!

 

「くっくっく」


 思わず勝利を確信して笑みが零れる、我らが雪之丞。

 なるほど、三分後に雨、か。

 常人ならばわずかこれだけの情報では何も思い浮かばないであろう。

 だが、雪之丞は違う。

 冴えわたる雪之丞ブレインが、忘却の彼方にあった“やるべきこと”の封印を解く!

 

 雪之丞はやにわに立ち上がると、ベランダのカーテンを一気に引き開けた。

 そこに雨が降る前に取り込まなくてはならない洗濯物三分以内にやるべきことが――

 

「なん……だと!?」


 しかし次の瞬間、雪之丞の全てを見通すと言われる魔眼は、驚きのあまり大きく見開かれた。

 無い!

 ベランダに干していたはずの洗濯物がなにひとつとして!!

 

「そんな馬鹿なっ!?」


 三分後に雨が降るから、それまでに洗濯物を取り込む――そのロジックに誤りはなかったはずだ。

 なのにどうして洗濯物がないのだろうか?

 もしかすると閃光の雪之丞は「洗濯物を取り込んでやるぜ!」と思う前にもう既にその動作を終わらせていたのだろうか?

 

 ――いや、そもそも洗濯物なんて干しただろうか?

 

 雪之丞は思い出して愕然とした。

 スタイリッシュな生活を送る雪之丞は、洗濯物なんて干さない。

 独身の雪之丞はいつだって近所のコインランドリーの乾燥機に放り込んで終わりだ。

 

 「……これは一体どういうことだ?」

 

 この記憶の混濁は、さすがの雪之丞とて混乱させた。

 本気で記憶の改竄攻撃を受けているのではないかと考え始める。

 だが、だとしたら一体誰が? 何のために?

 この謎を解き明かすのに、タイムリミットの三分まで残り二分はあまりに短すぎる……。

 

「いや、待て! 残り二分だと!?」


 頭が混乱する中で、しかしその違和感に気付いたのは雪之丞が一流の証拠である。

 そう、さっきスマホを操作する時に確認した時は、確か残り一分半だった。

 それが今、何故か残り二分に増えている……。

 

 絶対あり得ないこの事象、1億人いればそのうちの99.9999999%の人が発狂するだろう。

 が、しかし。

 

「そうか。そういうことだったのか!」

 

 逆にそのデタラメぶりに雪之丞は冷静になって、ついにこの異常事態の正体に辿り着く。


「洗濯物の記憶混濁、増えた残り時間、これらが導き出す俺が三分以内にやるべきこととは!」


 雪之丞は懸命に念じた。

 すると世界が徐々に光に包まれ、真っ白になっていく――。

 

 そして。

 

「あ、やべ。遅刻確定だわ」


 三分だけと二度寝した雪之丞は、予定よりも一時間進んだ目覚まし時計を見て呟くのだった。


 これがホントの夢オチである。ちゃんちゃん。

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