刑事ドラマの3分

明日乃たまご

糸村刑事はラストの3分に全てを賭ける

 糸村しむら刑事には三分以内にやらなければならないことがあった。カップ麺を作るとか、エネルギーが切れる前に怪獣を倒す、なんてことではない。


 事件現場に残された僅かな遺留品から突きとめた、涙なしには語れない真実を事件関係者に語り、テレビの前の視聴者を感動で打ち震えさせるということだ。


 その日の事件は、中年女性が刺された殺人事件だった。残念ながら、まだ物的証拠も目撃者もない。


 糸村刑事は被害者が所持していたお守りの中に古い写真を見つけ、そこから彼女が昔、幼い息子を養子に出していた事実を知った。写真をもとに地道な捜査を続け、養子に出した先へたどり着き、被害者が養父に送った手紙を手に入れた。


 手紙には子供を養子に出さなければならなかった悲しい事情が書かれていた。涙の痕も点々と残っている。


 分かったのはそれだけではなかった。養父の口から、養子の彼が実母を恨んでいたことも語られた。


 彼は、実母の実情と愛情を知らず、感情に任せて刺し殺してしまったのに違いない。


 アパートの彼の部屋、糸村は掛け時計を指した。午後9時45分を指している。3分間感動の物語を語り、彼を逮捕。コマーシャルをはさんでエンディングテーマが流れれば、ちょうど午後10時になるだろう。


「鈴木さん、僕に3分時間をください」


 決め台詞を淡々と語る。


 彼、鈴木こそ、養子に出された息子だ。得意の物語で彼の感情に訴え、自供に持ち込むつもりだ。


「刑事さん、見たらわかるでしょう。カップ麺を食べるところなのです。麺ができるまで3分、食べるのに3分、都合6分待ってもらえませんか?」


 なんでだよ。なんでこんなところでカップ麺を食べる脚本なんだ!……糸村は表情を硬くした。


「無茶を言わないでください。テレビの向こうには視聴者がいるのです。鈴木さんが6分使って僕が3分、全部で9分も必要になります。それでは番組の時間内に収まりません」


「そうだ。刑事さん、半分食べませんか? そうしたら食べる時間は1.5分ですみます」


「お構いなく。……僕は空腹ではありませんので。……そうだ。半分食べなくて済むなら、全部を食べないという方法があります」


 早くお守りと被害者の手紙に着いて語らなければ。……糸村は焦った。


「刑事さんこそ無茶を言わないでください。湯を注いだのにカップ麺を食べなかったらフードロスです。このご時世、そんなことをしたら視聴者からクレームが入ります」


「そんなことはないです。カップ麺は水でも作れる、……って誰かが言っていました。水でも作れるなら、冷めてからでも食べられます。僕の話を聞き終えてから食べればいいのです」


「強引だなぁ。仕方がないですね。刑事さんのお話、伺いましょう」


「では、事件現場に……」


 糸村が誘い、鈴木が立ち上がった。


「現場に行くだけで、30分かかりますよ。往復で1時間。3分くださいは、おかしくありませんか?」


 そこは脚本の設定にないから!……糸村は憤りを澄まし顔の中に隠した。


「……お構いなく」


「刑事さん、もう10分すぎてしまいましたよ」


 鈴木が時計に目をやった。時計の針は、午後10時1分を指していた。


「鈴木さん、僕に3分時間を下さい……」


                   (了)

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刑事ドラマの3分 明日乃たまご @tamago-asuno

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