「マブラヴってブだっけヴだっけ?」

碌星らせん

マブラヴって……

「マブラヴって、ブだっけ、ヴだっけ?」


 はじまりは、移動中の地下鉄であった友人との些細な会話でした。かれこれ十年以上は前のことです。

 当時、私はまだ学生でした。

 学生というのはとにかく趣味にうつつを抜かす生き物で(※ 個人の意見です)、オタク趣味にゴリゴリに傾倒していた自分と友人は、いわゆるAVG(Adventure Video Game)と呼ばれるPC向けゲームに手を出していました。身も蓋もないことを言ってしまえば、いわゆるエロゲーとか、そっち系のヤツです。

 そんな中に、マブラヴというゲームがありました。


 御存じない方のために説明しますと、マブラヴというのは、もとはageというメーカーから発売されたアダルトゲームの名作です。当時より全年齢版への移植が行われ……各種メディアミックスや外伝が展開、2024年現在でもソーシャルゲームがサービス中です。

 今風に言えば、異世界に転移して、ゲーム知識でロボットに乗り異星人相手に無双する……といった先見性のある作風ですが、その展開の意外性とアダルトゲームの枠に囚われないハードな世界観、熱い展開、設定の作り込み、ロボ、続編の熱い主題歌(JAM Project)などで伝説を作ったソフトです。

 平和な世界を描いたパートであるEXTRA編、そして異星人との戦争を描いたパートであるUNLIMITED編から本編は構成されています。

(ファンディスク、各種派生作品については書くとキリがなくなるので割愛します)


 友人が何故そんなことを聞いたのか、それは今でもわかりません。単に、場繋ぎのために持ち出しただけだったのかもしれません。しかし、私もうろ覚えで、その問いに答えることができませんでした。

 当時の私は、勉強はそこそこできたかもしれませんが、バカでした。オタクであることを己のアイデンティティとしていました。

 そして、友人の問いに答えられなければ……話題は消滅し、気まずい沈黙に場が支配されることでしょう。あるいは、「コイツはこんなことも知らないのか」と思われ続ける……私は、そのことに耐えられませんでした。


 この時、私の脳内では2の2乗という場合の数計算が瞬時に行われ、4つの選択肢が生まれました。


① マブラヴ

② マヴラヴ

③ マブラブ

④ マヴラブ

 

 フィフティ・フィフティとは言わないまでも、ライフラインかテレフォンが使えればどんなに良かったことでしょう。

 現代を生きる賢明な皆様は、「その場でスマホでググれよ!」と思うかもしれません。しかし、場所は地下鉄。今からすれば信じられないことかもしれませんが……なんと十年以上前のこの時、地下鉄はまだ、携帯の電波が届いていなかったのです。あと、当時の私の携帯は別にスマホでもありませんでした。


 更に不幸なことに……当時、いわゆる四文字タイトルのコンテンツが流行っていました。『らき☆すた!』とか、『けいおん!』とか、『ぼくらの』とか、そういうヤツです。

 四文字タイトルの難点は、その組み合わせの少なさと重複の多さにあります。「ま」ではじまるもの、略称を含めてですが、『まぶらほ』とか『まほらば』とか、『マブカプ』とか、『まじこい』とか、そういうマブい(死語)作品が幾つもありました。そういうのと混ざった結果、私の脳内は混沌を極めていました。


 それでも私は、その時もてる頭脳の全てを動員し、必死に推論を組み立てました。

・前半は、やはり「マヴい(死語)」に由来している可能性があるので「マヴ」の可能性が高いのでは……? (ちょっと自信がない)

・後半は、まず間違いなく「love」に由来している。「あいとゆうきのおとぎばなし(注:公式キャッチコピー)」だしな……だが、表記が「ラブ」「ラヴ」どちらかわからない。ネイティブ寄りなら「ラヴ」だろう

・でも、マヴラヴは違う気がするな……


 ということで、候補は


第1候補 『マヴラブ』

第2候補 『マブラヴ』、『マブラブ』(同率)


 となりました。

 このまま『マヴラブ』で回答しよう、としたところで。私は、恐るべきことに気づきます。

 そう……それは、『マブラヴ』の続編。UNLIMITED編で残された多くの謎に答えを出し、壮大な物語を締め括った説明不要の名作……『マブラヴ・オルタネイティブ』の存在です。

 マブラヴは、後ろに「オルタネイティヴ」が付く……普通なら「オルタナティブ」となるところを、「オルタネイティヴ」と、正しくネイティブに寄せた発音表記をしているのです。


 つまり、これをもとに考えれば……後半はネイティブ寄りの「ラヴ」であることが明らか。そして、『マヴラヴ』がなんか違う以上、答えは『マブラヴ』だ!

 


 いや……本当にそうか?


 そもそも、本当に「オルタネイティヴ」だったか?

「オルタネイティブ」の可能性もあるんじゃないか? (※ 「ネイ」部分は何故か覚えている)

 この場合は、後半のラヴも連動してラブになってしまう。

 マブラブ……? いや、これも発音が平らすぎて違う気がする。マヴラブか……?


第1候補 『マブラヴ』、『マヴラブ』(同率)


 候補は絞られました。手は尽くしました。

 問題は、答えに一致する部分が「マ」と「ラ」しかないことです。続けて書くと問題が生じそうな文字列です。


 そして、当時の自分は若く、愚かでした。

 ここで「わからない」と答えれば、身内の中で付与されている、見えないオタク階位的なものが下がってしまう。愚かにもオタクであることにアイデンティティを見出していた当時の自分にとって、やはりそれは死でした。


 勝率は50%

 一か八か、50%の確率にかけるしかないのか……?

 いや……何か、勝率を高める方法はないか?

 何か、何か方法が……


 そう考えた時。自分は、一つの天啓を得ました。

 マブラヴには、アダルトゲーム版と全年齢版がある……そして、全年齢版でタイトルが変わることは、決して珍しいことではない……。

 私は流されるまま、それを口にしました。


「全年齢版がブで、18禁版がヴだよ」


 冷静に考えると、それは悪魔の囁きだったのかもしれません。

 友人の反応は確か、「ふーん」という素っ気無いものでした。

 すべてが終わるまで、実に1分に満たない出来事でした。


 その後、地下鉄を降りて後。まだガラパゴスパゴスしていた携帯で正しいタイトルを調べ……私は、25%の賭けに大負けしていたことに気付きました。

 ちなみに、マブラヴの英語綴りは『Muv-Luv 』だったので、私は何一つ合っていませんでした。

 そして、そのまま……当たり前といえばそうなのですが、日常の雑談についてわざわざ訂正する機会は訪れず……10年以上経っても、この時のことがわりと鮮明に思い起こされます。


「知ったかぶりをするのはやめよう……」

「何かあったら、とにかく調べよう……」

 この時に得た教訓は、後悔と共に今も私の中に生きているのでした。多分、きっと。

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