俺の見た夜明けの光。

川線・山線

第1話 俺の見た夜明けの光。

その作業員は三分以内にやらなければならないことがあった。炉心溶融した原子炉の中心部、まるで宇宙服のような放射線防護服を着ていても、許可された放射線量に達するまで1年の中で10分しかとどまることができない場所である。


その原子炉の事故が起きたのはもう25年前の話である。国内でも有数の出力を持った原子力発電所、建設の際には厳重な地質調査を行ない、非常に安定した地盤であることを確認の上で建設した。ところが自然は人智を超えてくる。原子力発電所直下を震源とする巨大地震が起きてしまった。裂けていく大地に、人工の建築物はなすすべもない。原子炉の冷却システムや格納容器、それにつながる配管の数々はことごとく破壊され、冷却されない核燃料は、炉心溶融を起こし、地中に核燃料が沈んでいった。


この原子炉を中心として半径40kmは人の住めない地域になった。国は何としても廃炉作業を行なっていく、という方針を立て、25年かけて、ようやく炉心溶融した原子炉の中に入ることができるようになった。


作業員の任務は、核燃料の上に積み重なった廃材をずらして、直接核燃料にアクセスできるエリアを作ることである。廃材は当然重量物なので、防護服の手は機械的な骨格と、モーターがついたロボットとなっており、200kgまでのものは持ち上げることができるようになっていた。


しかし、高線量の放射線は、精密な電子回路でできたロボットのコントロールユニットを簡単に破壊した。ロボットアームは作業開始後、5分で使えなくなってしまった。残りの5分のうち、3分で、目の前の金属板をずらす。そして、2分で原子炉から脱出する、というスケジュールとなってしまった。1年間の許容放射線量を10分で使い果たすほどの放射線を浴びているのだ。防護服から抜け出し、全身を洗浄して、分厚い鉛の壁でできたスタッフルームに入ることができなければ、どんどん被ばく線量は増えてしまう。もたもたしていれば、放射線障害で命を落とす可能性も高いのだ。


ロボットアームが正常に動いていれば、目の前の金属板をずらすこともさほど難しいことではなかった。しかし、純粋に人力、しかも動きづらい防護服を着ていれば、とても任務をこなすことはできない。


この防護服も、確か開発に5年近くかかっていたはずである。今回の任務に失敗すれば、計画は5年遅れることになるのだ。責任重大である。



「なんで俺はこんなことをしているのだ?」


と作業員は思った。確かハローワークの出口で見知らぬ男に声をかけられたのだった。


「兄ちゃん、いい体格してるねぇ。実はさぁ、国の秘密プロジェクトなんだけど、仕事は1カ月だけで、月給は300万円なんだ。もちろん、全く安全な仕事、というわけではないが、国の直轄プロジェクトだから、『違法』ではないことは保証するぜ」


どうして俺に声をかけたのか、それは分からないが、天涯孤独の俺にとっては、詳細な仕事内容を聞いても、十分に魅力的な仕事だった。ヘマを打てば死ぬかもしれない。うまくやれば大金が手に入る、それだけで十分だと思った。


この10分間のために、1か月間、トレーニングを繰り返してきたのである。最後の最後で自分自身の力に頼らなければならないのは宿命なのだろうか。結局、ここ一番で頼りになるのは自分自身、ということなのだろう。


除けるべき金属板に手をかけた。持ち上げるのは無理そうだ。しかし、横にずらして、隙間を作ることはできそうだ。残り1分。金属板に指をかけ、体勢を整えた。水中なので、身体は水平の状態だが、まるでシャッターを上げるような体勢だ。


「1,2,3.エイッ!!」


と全力で金属板に力を加えた。金属板は錆びたシャッターを持ち上げるようにゆっくりと開いていった。金属板の縁が俺の目の前をゆっくり上がっていく。真っ暗闇の原子炉の中で、その金属板の向こうから、まるで夜明けの薄明りのように、美しい青い光が差し込んできた。


「美しい…」


と思った瞬間に、緊急脱出システムが強制始動されたようだ。そのあとの俺の記憶はすこし途切れている。



あれから2週間が経った。あの日、防護服から身体を出したときには、なんてことはなかったのだが、ひどい下痢が始まり、皮膚もずるずると水膨れをたくさん作っていた。触れるとすぐに破れて、体液がしみ出してしまう。どうも俺は長くないようだ。


この病院に来て、いろいろと話を聞いた。あの青い光は「チェレンコフ光」という、とても強い放射線らしい。あの防護服も、さすがにチェレンコフ光の直撃は想定外だったようだ。俺が引き上げられた時点で、俺の体の中の染色体はズタズタになっているらしかった。なので、もうその時点で、俺の寿命はほんの数日、といわれた。せっかく300万円をもらっても、使うことさえできないわけだ。何やってんだ、俺。


ただ、俺が金属板を動かし、直接炉心の核燃料にアクセスできるようになったらしい。これは結構な成果で、廃炉計画の予定を3年は短縮したそうだ。


俺の命と引き換えの3年間。それで厄介な核燃料が早く処理できるなら、ちっとはみんなの役に立ったのだろう。それはそれで、300万の値打ちと同じようなものかなぁ、と、もう物を考えることも辛くなってきた頭で考えてみたりする。

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俺の見た夜明けの光。 川線・山線 @Toh-yan

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