貫牛の環
武井稲介
貫牛の環
2024年2月29日13時25分、ロッキーマウンテン国立公園の森林監視員が奇妙な通信を残して消息を断つ。鳴り響く地響きのなか、かろうじて聞き取れる彼の声はこう語っていた。
「バッファローだ……。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ……」
この不可解な通信の意味を、まもなく全世界が知ることとなる。
同日15時49分、ワイオミング州山間の小村ローランドにてトウモロコシ農家を営む男は、南東の方角から地鳴りとともに迫り来る土煙をみた。高速で迫るその土煙の正体が猛り狂うバッファローの群れだと視認した直後、村は彼らに蹂躙され地図の上から姿を消した。
20時50分、国防総省が事態を把握し国防上の重要事項として対応に乗り出したときには、すでにバッファローの群れはアメリカ-カナダ国境までさしかかっていた。国境の検問を紙屑のように蹴散らし、都市を踏みつけ針葉樹林を薙ぎ倒しながら彼らは駆ける。全てを破壊しながら北西へ向けて進路を取る猛牛たちは時を待たずアラスカの凍土を踏み、そのまま北極海へと一直線に駆け抜けていく。極地のオーロラの下当然のように海上を進むバッファローたちは、奇妙に荘厳な輝きを放っていたという。
北米を駆け抜け海を渡りユーラシア大陸へと上陸したバッファローの群れは、当然のことながらその進路となる国々に恐慌をもたらした。バッファローたちはカムチャツカを経て北海道へ、そして本州へと上陸しようとしている。極めて不運なことに、彼らの予想進路は日本列島の長軸方向とぴったりと一致した。夜明けとともに日本列島に上陸したバッファローは、人々が逃げ惑う間すら与えずソニックブームを放ちながら太平洋側の諸都市を廃墟へと変えた。
奇妙なことに、疾走するバッファローの群れは時間とともにその速度を増していった。音速をこえなお加速する猛牛たち。力とは重さと速さ。最高速度でぶち抜かんとする質量の暴力を前に、人々はただ口を空けてその惨状を眺めることしかできなかった。
3月1日13時。24時間の時を経て荒れ狂うバッファローたちは彼らの故郷、ロッキーマウンテン国立公園へと舞い戻ってきた。しかし彼らが止まることはない。瞬きする間に再び北西へと走り去った彼らは、また数時間後には地球を一周し同じ場所に戻ってくる。その後幾日にもわたり、バッファローたちは円環をなして地球を巡り続けた。その轍は深い渓谷をなし、バッファローベルトと呼ばれもはや生命が近づける場所ではない。
同じ軌道を描き数分おきに同じ場所を通り抜ける茶色の残像。その軌道の異変に、あるとき気付いた者がいる。
「浮いてる……?」
円環をなし高速で地上を巡り続けるバッファローたちの遠心力はついに重力の鎖を断ち切った。螺旋軌道を描き徐々に浮遊していく彼らは、次第に輝きを帯びていく。ついに地球の衛星と化した彼らは、見上げる人々の顔を照らしながら次第に高度を上げ軌道半径を増していく。
彼らはどこまで加速するのだろう。その破壊力に満ちたエネルギーに限界はあるのだろうか。
全てを破壊しながら亜光速で突き進むバッファローの群れ。果たして彼らは光速の壁すら破壊するのか、そのとき一体何が起きるのか。全世界が固唾を飲んでその瞬間を見守っている。
貫牛の環 武井稲介 @Kaynethkay
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます