カウントダウン

紫月音湖*竜騎士様~コミカライズ進行中

第1話 残り180秒

 少女には三分以内にやらなければならないことがあった。

 

 頭の中で容赦なく始まるカウントダウンの音に、心臓のあたりがザワザワと落ち着かない。焦りと緊張で心拍数が上がることは知識として知ってはいたが、少女のは違う。


 元より少女の心臓は動いてなどいない。そうあってほしいと願った少女の幻覚だ。

 愚かな夢を見る少女であったが、自身の体が人とは違うことなどはなから理解していた。


 だからいま、少女は彼を求めて走っている。



 この時間、彼はいつも庭のガゼボで本を読んでいるはずだ。彼の好む銘柄の紅茶を淹れ、庭へ運ぶのは少女の仕事だった。

 けれど今日は自分に与えられた仕事を放り投げて、彼に会うためにだけに走っていた。少女が少女であるために与えられた役目も命令もすべて無視して、自分の思いのためだけに動く。


 屋敷で働くメイドとしては失格だ。

 メイド以前に、失格だった。

 命令を遂行できないばかりか、プログラムにない動きをする時点でアンドロイドとしては欠陥品だ。


 それでも少女は、この思いをなかったことにはできなかった。



 人に忠実であるように造られたアンドロイドは、自我を持つことを許されない。予測不能の動きをした時点で、強制的に全機能が停止するようプログラムされている。


 少女の頭に鳴り響く警告音は、少女が動けなくなるまでのカウントダウンだ。

 時間は三分。その間に少女のなかに蓄積されたデータは消去され、再び使用可能と判断されれば初期化される。


 だから少女は三分以内に、どうしても彼の元へ辿り付かなければならなかった。

 どうせすべてを忘れてしまうのなら、せめてこの思いだけは伝えたい。

 破棄されるにしろ、初期化されるにしろ、どちらにしても彼を愛した少女は三分後にはもう存在できないのだから。



「あぁ……ご主人様。お慕い……お慕いしております」



 少女のデータから、彼の顔が消えていく。

 彼の声が消えていく。


 少女の思いが、消えていく――。



 開け放たれた扉の向こう、燦々と降り注ぐ陽光が、庭園を見渡した少女の視界を真っ白に奪い去る。

 まばゆいばかりの光のなか、彼が少女に気付いて顔を上げた。


 けれども。

 名を呼ぶ彼の声は、三分を過ぎた少女の耳にはもう届かない。



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