期待されていない人間

三鹿ショート

期待されていない人間

 私は、優秀な人間だった。

 これは奢りでも何でもなく、ただ事実を述べているだけである。

 両親の出来を考えると、本当は別の人間の子どもなのではないかと思うほどに、私は努力をせずとも良い結果を出すことができていた。

 どれほどの成績を目にしようとも、両親が私のことを褒めることはないことから、私が別の人間の子どもであるということは、強ち間違いではないと思われる。

 私は両親からの愛情を欲しているわけではないが、それでも、他者に誇ったとしても、大きな問題は存在していないだろう。

 だが、両親は私に目もくれず、私よりも大幅に劣っている妹に構っていた。

 彼女こそ、両親の娘であることは間違いではないほどに、出来が良いと言うことはできない。

 多くの時間を費やし、努力をしたことで、良い結果を得ることができたときの喜びようは、まるで世界に平和が訪れたかのようなものだった。

 私にしてみれば、一時間も必要ではないほどの内容だったのだが、それでも両親と彼女たちは、満面の笑みを浮かべていたのである。

 彼女のことが、羨ましいわけではない。

 それどころか、出来が悪いことを哀れに思っている。

 そのようなことを考えることなく、共に喜んでいれば、私もまた、家族の一員として認められていたのだろうか。

 その思考について、馬鹿馬鹿しいと、私は一蹴した。


***


 たとえ国内で最も優秀な大学に首席で進んだとしても、両親が反応を見せることはないだろう。

 ゆえに、私は大学へと入学することなく、家を出ることにした。

 両親からの愛情を得られることがないということに絶望したためではなく、同じ屋根の下で共に生活していようが無かろうが、何も変わることはないと考えたからだ。

 しかし、自分以外の人間の存在を感ずることがない部屋に対して、寂しさを覚えていた。

 一体、私は何を求めているのだろうか。


***


 数年後、彼女が私の部屋にやってきた。

 私が住んでいる場所から彼女が通うことになる大学が近く、少しでも両親の負担を減らすために、共に生活することを望んでいたのだ。

 私には、拒否をする理由は無かった。

 何故なら、私はほとんどの時間を外で過ごし、食事や睡眠以外の目的でこの部屋を使うことは無かったゆえに、防犯のためにも、私以外の人間が過ごしていた方が良いだろうと考えたからである。

 久方ぶりに顔を見たためか、会っていなかった期間に何が起こったのかということを、彼女は笑みを浮かべながら語った。

 私は何の反応も示すことなく、彼女の話を聞いていた。

 淀みなく言葉を発する彼女の姿を見て、私は邪なことを考えた。

 もしも、私が彼女を傷つけるような行為に及んだ場合、両親は私に意識を向けるのだろうか。

 大事にしている彼女が傷つけられれば、さすがの両親も私のことを叱責するのではないだろうか。

 そのようなことを考えたが、私は頭を左右に振り、浮かんだ思考を霧散させた。

 これではまるで、両親からの愛情を欲しているかのようではないか。

 心からそれを求めているのならば、既に行動しているはずである。

 そのように動いていないということは、両親からの愛情を求めているわけではないということになるのだ。

 だが、このような思考が生まれたということは、わずかながらも、私がそれを求めているということにもなってしまうのではないか。

 私は、そのことを認めるわけにはいかなかったために、深酒に及ぶことで、記憶を消そうと試みた。

 しかし、それは無駄な行為だった。


***


 留年の危機に何度も陥っていたが、生来の努力が実を結んだのか、彼女は他の人間たちと同じように卒業することができた。

 兄として、一応は祝おうかと思い、何か欲しているものは存在するかと問うた。

 彼女はその言葉を耳にすると、顔を赤らめながら、逡巡した様子を見せ始めた。

 その態度の意味が分からず、首を傾げていると、やがて彼女は、自身の胸元に手を当てながら、信じられないような言葉を発した。

 そのような言葉が彼女の口から出てくるとは想像もしていなかったために、私はどのような返事をするべきか、まるで分からなかった。

 閉口している私を見て、彼女は何かに気が付いたかのように手を叩くと、

「あなたは、知らされていなかったのですね」

 それから彼女は、酔った父親から聞かされた話を、私に伝え始めた。

 いわく、私は、両親の実の子どもではないらしい。

 子宝に恵まれることがなかった両親が、孤独だった私を引き取ったということだったのだが、それから数年後に彼女が誕生したために、私に対する愛情というものが消失したということだった。

 その話から、私に対する両親の態度の理由について、得心がいった。

 同時に、両親に対する怒りを抱いた。

 自分たちの都合で引き取り、自分たちの都合で愛情を注ぐことがなくなったということは、私という人間を心から欲していたわけではないということではないか。

 私の怒りに気付くこともなく、彼女は赤面しながら、私の言葉を待っている。

 その様子を見て、両親に最も衝撃を与える行為がどのようなものであるのかということに、私は気が付いた。

 私が首肯を返すと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 私はといえば、笑顔を浮かべているが、それは邪悪なものであるだろう。

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期待されていない人間 三鹿ショート @mijikashort

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