全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れVSバッファロースレイニンジャの君

@aiba_todome

第1話

 君には3分以内にやらなければならないことがあった。


「拙者には3分以内に全てを破壊するバッファローの群れを皆殺しにしなきゃいけないの」


 去年までの息苦しい暑さは鳴りを潜めていた。

 理由なんて、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの他に無い。人間の威を借りて好き放題振る舞ってきた夏は、バッファローがユーラシア大陸を更地にしただけで大人しくなった。

 気が利かない季節だった。何も考えられないくらいの暑さが欲しかったのに。肝心な所で期待を外してくる。


 中東より発生したバッファロー禍は、アフリカ、アジア、ヨーロッパの三方向に分かれ、飛蝗のように全てを蹂躙した。虚無から溢れてくるバッファローは中央アジアから中国へ到達し、もうすぐ日本海を渡ってくる。

 西の空が煙っていた。バッファローの群れが舞い上げる粉塵だ。

 あの中には、かつて町や人だったものが含まれている。それらが雨に変わる前に、バッファローたちは僕らの国へたどり着くだろう。


「お主はもう卒業だね。高校はどこに行くか決まった?」


 君は雲を貫く星空のように手裏剣を射出する。世界が終わるのになぜそんなことを聞くのか。世界がどうなろうとも君はどこにも行けないのに。


「ちょっと遠くの、進学校だよ。親がうるさいから」


「お主、頭いいもんね」


 僕の住む小さな町には古い言い伝えがある。世界がバッファローに滅ぼされる時、ニンジャが現れて全て抹殺して去っていくと。

 なぜ大人たちがこの言い伝えを守り続けたのか全然わからない。1999年にぼくがいたとして、ノストラダムスの大予言とバッファローニンジャ大戦争の予言を比べることがあったら、確実にノストラダムスを信じるはずだ。

 昔はみんなノストラダムスを信じていたらしい。そんな世の中でバッファローが世界を滅ぼしに来ると語り伝えるのは、どんな苦行なのだろうか。


 しかし全てを破壊するバッファローの群れは来た。言い伝えを守り続けた大人たちは、一人の女の子を選び、連れ去った。

 そして君が返ってきた時、君の一人称は拙者になって、僕のことをお主と呼ぶようになった。


「3分以内に皆殺しにしないといけないでござる。そうでないと地球が遠くなりすぎるから」


 語尾がござるに変わり始めている。ニンジャ化が進行しているしるしだ。もうすぐ俳句も詠むだろう。主に県は投げるのが速すぎて銀色の蛇に見える。


「別にさ」


 君は手裏剣を投げながら僕の方を見た。驚いているのか、悲しんでいるのか。もう表情を理解することもできない。


「別にやらなくてもいいんじゃないの?無敵のニンジャなんだから、もっと自由で」

 

 本気で言えたわけじゃなかった。もっとかっこいいことを言おうとしたが、なにも思いつかない。苦し紛れのアリバイ作りだ。君のことをちょっとでも考えているように見せかけたいだけ。

 大人たちだって必死に考えたのだ。でもバッファロー対策なんてだれもしていなかった。以前は年金とかがもっと緊急の問題だと思われたのだ。今、バッファローは数日で人類を破壊しようとしているのに。

 ここで逃げたり、サボったりしたところで、バッファローうごめく不毛地帯でさまようしかない。選択肢はとっくの昔に消えている。


「ありがとね。お主」


 君は手裏剣を投げる手を止める。何かが通じたのかと思って君の顔をまじまじと観察する。やはりその感情は推し量れない。


「拙者はそろそろ行くね。たぶん寂しいけれど、きっとお主らは追いついてくれるから」


夏草や 兵どもが バッファロー


 その十七文字を残して、君は煙る空の向こうへと走り去った。


 西の空が夜明けよりまばゆく輝く。地平線を満たすバッファローの群れを瞬殺する手裏剣の光。その膨大な数を投げ打つ反動は、君を第三宇宙速度まで加速させる。

 君は太陽系を離れ、ボイジャーを追い越し、彗星の巣を抜けて銀河の腕に抱かれる。


 人類が君に追いつく日は来るのか。全てを破壊するバッファローの群れが消えた世界は、それでもひどく傷ついている。復興には長い年月がかかる。宇宙に出るのだって難しい。


 それでも目指すべきものが見つかった。僕たちはそこに行かなければならない。

 目的を定められた人間は、けっこう強いのだ。


 僕は今、ニンジャを作った大人たちに混じって研究をしている。君が残した手裏剣の航跡を追って。

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