三分間の奇跡

ナナシリア

三分間の奇跡

 俺には三分以内にやらなければいけないことがあった。


 時計の針が、十一時五十七分を指す。


 あと三分で、今日が終わる。


「わたしが言いたいのは、わたしのことは気にしないでっていうことだけ」


 目の前の彼女は、俺に自分のことを忘れてほしいみたいだった。


 あと三分で、彼女とは二度と話せなくなる。


 死んだ彼女が生きている人間と話せるのは、今日で最後。その今日が終わろうとしている。


 俺が伝えなければいけないことは、一つだけ。


 伝えたいことはたくさんあれど、絞り込むならこれしか考えられない。


「わたしのことばかり気にしてても、君はきっと前に進めない。だから、わたしのことは忘れてください」

「嫌だ。お前のことは一生忘れてやらない。俺は、一生お前のことが好きだ」


 彼女は、ぽかん、と口を大きく開けた。


「いや、忘れてよ。わたしのこと覚えてたら君は前に進めないよ?」

「それでいいんだよ。俺はどうしようもないくらいお前のことが好きだから。絶対忘れてやらない」


 まさか、最後の三分間で口論になるとは思っていなかった。


 刻一刻と今日の終わりが迫る中、彼女はむきになった。


「駄目。わたしのことは忘れて」

「嫌だ。絶対忘れない」

「忘れて!」

「忘れない」

「忘れて!」

「忘れない」


 なんで残り時間が短いのにこんな口論をしているんだ。


 俺と彼女の考えは同じだったようで、俺と彼女は声を揃えて大笑いした。


「なんで残り少ししかないのにこんなことやってるんだろうね」

「俺ららしいといえば俺ららしいけど」

「確かに」


 くすっ、と彼女が小さく苦笑する。


 彼女の笑顔は、死んでいるというのに素敵で、俺は今さら顔を赤くする。


「君、顔赤いね」

「そりゃ、お前が可愛いから」


 彼女も頬を紅潮させた。


「時間ぎりぎりでそれは反則だよ」

「最後の瞬間に喧嘩してるよりはいいだろ?」

「そうかも」


 またも苦笑した彼女の目元に、大粒の涙が浮かぶ。


 それでも彼女は笑顔だった。


 俺が顔を上げると、彼女はいなかった。

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三分間の奇跡 ナナシリア @nanasi20090127

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