現代チート闘牛士

セントホワイト

現代チート闘牛士

 僕たちには三分以内にやらなければならないことができた。

 そう、覚悟だ。

 全ての始まりは1カ月前にまで遡り、人類は遺伝子組み換えによる安価な水牛を作ろうとした。

 クユーサー計画と名付けられた世界的な実験は失敗し、バッファローたちは人間並みの思考を持って人類に反旗を翻したのが一か月前のことだ。

 遺伝子組み換えの弊害により、凶暴性を増した牛たちは引き絞られた筋肉を持ち仔牛であっても3メートルはあるという体躯。

 さらに僅か三日で成牛に達し、体長は倍の6メートルを超えていくという。

 どんな失敗をすればこんな大惨事なことが起きるというのかと誰もが頭を抱えるが、それでも牛の本能が消えることは無かったのが救いだった。


「おい、新人! マントは持ってきてんのか!」

「は、はいっ!」


 そう。ほんの一か月前に東京に引っ越してきて大学のサークルで偶然にもマタドール部に所属のサインを記してしまった僕の肩にも人類の存亡がかかることになるとは思わなかったのだ。

 あの日の自分を呪いたいと今でも思う。

 目の前にやってくる建物を崩壊させて砂塵を巻き上げ、あまりにも大きな水牛の群れがやってくる。

 ほんの数日前に大陸から海を渡り、一日前に東京タワーやスカイツリーを破壊したのをテレビで見てからテレビはもう何も表示しなくなった。


「よく聴けお前たち! 俺たちの後ろには何がある!?」


 部長の張り上げた声が外だというのに全員の耳に届く。

 僕たちマタドール部の後ろには沢山の人々が避難した東京ドームがある。そこでは恐ろしい現実に打ち震える人たちの声援があった。


「俺たちは闘牛士マタドールだ! 牛を前にして怯むことは許されないっ!」

「「「そうだ! 俺たちは闘牛士だ!」」」

若い闘牛士ノビジェーロたちよ! 決して心を折るな! お前たちの背には何万人もの命があるのだから!」

「「「お、応っ!」」」

「声が小さいッ!」

「「「応っっ!!」」」


 部長に発破をかけられた僕を含めた新参者たちは及び腰を隣に立つ先輩たちに叩かれて姿勢を正される。

 向かってくる足音は地面を揺らし、大地を踏み締め建物を砕きながら突進してくる。

 奴らは痛みを感じていないのか、それとも鉄筋コンクリートなど奴らにとっては粘土細工程度のものなのかは分からない。

 ただ、すでに目視でその雄々しい姿を見せつけられてもなお怯まない覚悟が今は必要だった。


「マントを構えろ!」


 部長の言葉に一斉にマントを構えて列をなす。

 赤いマントは奴らの視線を一斉に引き、走る牛たちの野太い雄叫びが街中に轟く。

 大人でさえ逃げ出す恐怖が迫る中、僕たちは目を逸らすことさえ許されない。

 自衛隊が最新の戦車で迫撃砲を撃ち、配備したミサイルで奴らを焼き払ったがそれでも数の多さに圧倒された。

 海軍の戦艦が群狼戦術のようにやってきた奴らに穴を開けられ沈められ、空軍は空からの援護射撃と爆撃によって対応しようとしたが数が足りずに引き返した。

 もはや、今となっては藁にも縋る思いで僕たちはコレに頼る以外になかったのだ。


「来るぞぉおお!」


 そして僕たちは迫りくる強大な牛たちを前に、赤いマントを広げて立ち向かう。


「「「「「ひらりっ!」」」」」


 華麗に、一斉に、寸分違わず全員がマントを同じ方向へと翻すと牛たちは慣性の法則さえも無視して横へと逸れて進んでいく。

 その光景を見ていた誰もが驚き、そして歓声を上げたのは語るまでもない。



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