本編

本編 下巻のアン

本編·おれは堀田武ほったたけし、去年教師になったばかりの新米だ。

それにしても最初に勤める学校が自分の母校だなんて、夢にも思わなかったよ。何かの運命を感じながら仕事をしていたある日、ふと廊下で小学四年か小学五年くらいの子どもたちが何か話しているのが目に止まった。放課後のよくある光景なので、いつものように聴き流そうとしたら……。

「ねぇ、図書室のアンって知ってる?」

「あぁ、それあたしセンパイから聞いたことある。」

図書室のアン…、その話におれは覚えがあった。

「夜中に図書室をさまよっているんだって…。」

「そうなの、そうなの。なんかウワサだと、そのアンは『赤毛のアン』という本の中から出てきたそうだよ。」

「だけど、どうして図書室をさまよっているのかな?」

今でも続いていたなんて……思わなかった。

今から十年前、当時小学五年生だったおれも同じようにセンパイから聞いて知った。

だれもいない夜の図書室で、顔にそばかすのある赤い三つ編みの髪型をした少女が、図書室を歩き回るという怪談…。

その少女はまさに赤毛のアンに似ていて、そこから「図書室のアン」と呼ばれるようになった。話を聞いたおれは、子どもの好奇心で当時の友だち二人と夜の図書室へ入った。そして図書室のアンを目撃したのだ…。

「だけど、どうしてアンは図書室を歩き回っているのかしら?」

「聞いたウワサだと、学校の図書室には『赤毛のアン』の本が上下巻あったんだけど、そのうちの上巻だけがなくなってしまったの。だからなくなった上巻をさがして歩き回っているというのよ。」

そこまではおれも知らなかった…、おれは今でも「図書室のアン」という怪談があるという事実が無性に頭から離れなくなった。

そこで放課後、おれは図書室へ向かった。左奥の名作文学の棚を視ると、『赤毛のアン』は上下巻そろっていた。

「なーんだ、上巻見つかったんだ…」

おれはホッとした気持ちで図書室を後にした。





三日後、午後七時過ぎ…。その日遅くまで書類をまとめていたおれは帰宅しようと職員室を出た時、ある異変に気づいた。

「あれ?スマホがない!?」

どこで落としたのか思い返してみると、今日のお昼に国語の授業で図書室の本を使ったので、本を返そうと立ち寄ったことを思い出した。

「あの時だ…。」

おれは職員室から図書室のカギを借りて、図書室へ向かった。そしてカギを開けようとした時、おれは見てしまった……!

「あれは……!!」

扉の窓越しに見えるのは、三つ編みの赤い髪の少女…、間違いなく図書室のアンだ。扉の方へ向かってくる。

身の毛の立ったおれは一歩下がった…、だが意を決してカギを開け、すぐに明かりを点灯するとあの少女の姿は無かった…。

「なーんだ…、全て気のせいか…。」

おれは図書室の受付に置き忘れたスマホを見つけた、スマホを拾ってもう一度消灯しふと振り向いた時、目の前にあの少女がいた……!

「じょ〜か〜ん…、じょ〜か〜んはど〜〜こ〜」

全身ボロボロで白い顔で問いかける少女、おれの頭の中は一瞬、恐怖で空っぽになった。

「うわーーーっ!!」

おれは図書室のカギを閉め忘れ、絶叫しながら大急ぎでその場から逃げ出した。





翌日、朝一で学校に来たおれは図書室のカギをかけ直した。なんとか他の先生に見つかる前にできて良かったけど、おれにはなぜ図書室のアンが再び現れたのかよくわからない…。

図書室のアンは無くなった「赤毛のアン」の上巻を探して歩き回っているのではないのか……?

おれは放課後、もう一度図書室へ向かい「赤毛のアン」の上下巻を確認した。パラパラと全てのページを確認したが、2冊ともとくにページが破れている·汚れているといった点は無い。

だったら一体なぜ……と考えていた時、おれはあることに気づいた。

「上巻の方が、新しいような気がする…。」

上下巻とも同じ出版社から出ている「赤毛のアン」だが、下巻の方は表紙の角が少しボロボロになっていたり表紙が色あせてきたりと、古くなっている印象がある。しかし上巻の方はまだ真新しい印象だ。

「そうか!上巻の方は、後から新しく買い直したんだ…」

つまり最初の時にあった「赤毛のアン」の上巻はまだ見つかっていない……、おれは「赤毛のアン」を本棚にもどすと、図書室の司書·谷口やぐちに聞いてみることにした。

「赤毛のアンですか?あぁ、それなら二年前に私が新しく上巻を買い直しましたよ。」

谷口さんはそう答えた、おれは図書室のアンについても聞いてみた。

「は?図書室のアン……あぁ、なんか子どもたちの間で話しているの聞いたことあるよ。なんか学校の怪談みたいだね、実際に聞くのは初めてだけど。」

「あの、十年以上前の本の貸出記録ってありますか?」

「ありませんよ、一年経ったらすぐに処分してしまいますので。」

学校の記録を元に当時最後に「赤毛のアン」の上巻を借りた人をさがすのは無理のようだ……、おれはもうどうしようもなく「図書室のアン」のことを忘れることにした。







学校の怪談というものは、熱しやすく冷めやすいものらしい。数日と経てばおれも子どもたちも、図書室のアンのことなどすっかり忘れていた。

そんなある日、小学校時代の同窓会に誘われたので会場となっている居酒屋へやってきた。

そこには当時おれと夜の図書室へ潜入した二人も来ていて、酒の勢いもあって当時の思い出を楽しく語っていた。

そして同窓会から二日後の朝、この日は休日で家でテレビを見ていた。すると電話が鳴ったので出ると、同窓会にいた春本はるもとから来ていた。彼もあの日、夜の図書室へ潜入していたのだ。

「堀田か、実はお前に会ってほしい人がいるんだ。」

「なんだそれ、お前の彼女か?」

「そうじゃない。お前、羽崎はざきって覚えているか?」

「羽崎……あっ!彼女か!!」

羽崎愛海はざきあいみ…、彼女はおれと同じクラスでよく図書室へ行き本を借りていた。小学四年の当時、羽崎はクラスの女子たちから変わり者と言われていたが、おれは羽崎に人知れず心を寄せていた…。

しかしおれの恋心は不運によって消滅する…、七月のあくる日に羽崎は交通事故で亡くなってしまったのだ。担任の先生から知らされた時、おれは頭が空っぽになったことを覚えている…。

「その羽崎がどうかしたのか?」

「その羽崎が借りていたようなんだよ、あの赤毛のアンの上巻を!!」

「なんだって!?」

なんと予想していなかったことだろう…、ここで下巻のアンの秘密が明かされるなんて…!

「ところで、その話はだれから聞いたんだ?」

羽崎瑞枝はざきみずえさんといって、愛海の妹だそうだ。一昨日の同窓会に参加していたようで、その時にお前が話していたのを聞いたんだそうだ。それで帰りに話しかけてきて、赤毛のアンの上巻を返したいって言ったんだ。」

「わかった、会いに行くよ。いつ会える?」

「今日の昼十三時に喫茶店マリアでおれと待っている。」

おれは通話を切った。

そして昼になって、おれは喫茶店マリアへやってきた。右奥から少し手前の席に春本と女性が座っていた。おれは向かいの席に座り、コーヒーを注文した。

「こちらが愛海の妹の瑞枝さんだ。」

「初めまして、瑞枝です…。」

「堀田武です。」

簡単な自己紹介をすると、瑞枝は持ってきたカバンから一冊の本を取り出した。

「こちらが姉の借りていた本です…。」

それは紛れもなく赤毛のアンの上巻で、見た目の古さが図書室にある下巻と同じぐらいだ。

「この本はどこで見つけたのですか?」

「実家を片付けていたら出てきたのです、愛海の遺品が入ったダンボール箱に入っていました。愛海が亡くなる前日に、学校の図書室で借りたものです。愛海が急死したものですから、いろいろあってだれもこの本のことなど気に止めず、ダンボール箱に入れたのでしょう。だけど学校の怪談になってしまうなんて…。」

瑞枝さんはにわかに信じられないという顔をした。

「それで、この本をどうしろと?」

「もう遅いと思いますが、この本を学校の図書室へ返却していただけませんか?もし不可能なら、そのまま処分してくださって結構です。」

そして翌日、おれは学校の図書室の名作文学の本棚に、瑞枝から受け取った赤毛のアンの上巻を戻した。

そしてその日を境に『図書室のアン』は、姿を見せることはなくなった……。




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下巻のアン 読天文之 @AMAGATA

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