会いたかった人に
出会いを求めて、駅へ、イオンへ。そんな風に過ごし時をどれほど浪費してきたろう。
結局誰とも出会えなかった。職場やらで運命の出会いが巡ってきたけれど、こちらの思い込みや勘違いだったりで、警察呼ばれたり怒鳴り込まれたり散々な目に遭った。
「お前のどこにそんな価値があるっていうんだよ。教えてくれよ!」
怒鳴り散らされたのはこの部屋に越してきてすぐの頃。ドアを薄く開け同じ階の住人が、みんなこちらを覗き見るから弱ったものだ。また引っ越すなんてできない。お金がない。
その人は妻帯者だった。けれどそんなのどうでもいいと思ってしまって。気持ちが通じ合って私を必要と感じたなら、自然とそういう選択をしてくれると思い込んでしまった。
奥さんを連れてうちに来て。怒り狂うその人の背後に立つ女性の薄笑いが、どうしようもなく鼻についた。
「この人が私から離れるなんて有り得ないから」
嘲笑をたっぷり含んだ瞳が頻りに語りかけてきて、うんざり。あの修羅場を私は俗にいう逆ギレで凌いだ。
「こっちだって迷惑だよ!誰がお前なんかに!用ねぇよ!!」
毎日5回は電話をかけた。用もないのに。用もないのに家にも行った。車に乗せてと何度もせがんだ。1度も叶わなかったけれど。当時働いていた食品工場の偉いさん。大人の余裕をその人は漂わせていて、40手前の私はもういい加減家庭に入りたいとかなり焦っていた。
裏切られたと思い心底落ち込んだ。だったら最初から優しくしないでよ!と。
恋を、結婚を諦めたのは、あの出来事がきっかけだ。好きになる男はみんな女がいるか私を嫌うか、その両方か。恋される女になりたかったけれどなれなかった。いつも誰かに片思い。好きになる人に嫌われる感覚に馴染めるほど、私は鈍感ではない。
工場を辞めた。何度目の転職活動だろうと気が滅入る。そして滅入った気は、私を奈落の底へ突き落した。駅に行くこともイオンに向かうことも、それきりなくなった。
次の仕事を躍起になって探した。死の淵を覗き込んでやっと見つけた今の職場。食うに事欠く暮らしが人をどれほど痛めつけるか、十分すぎるほどに理解した。恋活とはお別れだ。
今の勤め先はその気がないのに誰かと仲良くしなくてはならない、という境遇とは無縁でいられるから楽だ。
「30歳で旦那とは別れた」
「子供はもってかれた」
そう言えば、あとはそれぞれの想像力が何かと補ってくれる。面倒な付き合いから逃れられる。知らない所でいいように噂されているようだが、そんなものを気にしていたらここでこの先、絶対にやっていけない。
若い頃は気になって仕方なかった他者からの批評も、この年になるとどうでもよくなる。そして思う。年をとったなぁと。
この頃また、駅に行ってみようかと考える。誰しもが出会えた「運命の人」にどうして私は出会えなかったのか。夜、白飯と唐揚げで腹を満たしテレビがガヤる六畳間で横になると、頻りにそんなことを考え始める。
駅を行き交う人々は忙しなかったり楽しそうだったり。それぞれに人生がありそれぞれがそれを生き、今日という日を過ごすのに、私には駅に行く用事さえない。だから行こうかと考える。
猛烈に寂しくなるだろうけれど。後悔が押し寄せてくるかも知れないけれど。出会いたかったけれど出会えなかったその人に、いつかは駅で出会えるかも知れないと、根拠のない期待に胸を弾ませていた頃の私を今の自分に重ね、穏やかな休日を過ごしてみようかと。そんなことを考える。
運命の人がこの世に存在しなかったとは思わない。
きっと、いた。
いたけれど見つけられなかった。
荒野を駆ける騎士に。私を愛してくれる人に。
つまらない人生だったと決め付けたくない。
片思い拗らせて警察のご厄介になった頃の私に、申し訳が立たない。
駅に行く 梅林 冬実 @umemomosakura333
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