厨二牛
草森ゆき
左角が疼く牛
バッファローには三分以内にやらなければならないことがあった。全てを破壊しながら突き進まなければならないのだ。しかも群れで。達成は絶望的である。バッファローには友達がいなかった。
厨二病だったのだ。よく左角が疼くと豪語していて、同級生の牛たちに避けられていた。気がつけば友人、いや友牛のいない生活になっていた。後悔はなかった。厨二病だったからだ。おれが誰かと関わると傷付けちまう……この制御できない左角のせいで……と思っていた。
バッファローを見下さないでやってほしい。彼は普遍的に「特別」に憧れただけの、無害なバッファローだっただけなのだ。しかし今は状況が違った。三分以内に群れを率いて突撃し、すべてを破壊しなければならなくなった。
悪夢だったのだ。バッファローは侵略者により住処を追われる夢を見てしまった。それは正夢であると確信していた。厨二病故ではない。単純に、バッファロー達が暮らす牧歌的で静かな疎林一帯を視察に来ていた人間を複数人目撃していた。開拓である。バッファロー共のジャーキーは美味いよなと話す声も聞いた。
食われるとバッファローは思った。やられる前にやらなければ死ぬと悟った。バッファローは人間達がやってくる日付を知りあらゆる仲間たちに声を掛けたが皆(またこいつか……厨二だしな……)と相手にしてくれず、そろそろ現実を見ろと曖昧でさほど役に立たない牛生論を語られるなどし、いや本当に危ないんだよ左角とかじゃなくて、その、にっ、人間、開拓、開拓が、と一生懸命説明したが、他の牛たちと話すことが久々過ぎて何もまともに伝えられなかった。
齟齬は悲しい。だがバッファローは諦めてはいけなかった。この疎林が好きである。柔らかい風に心地よい木漏れ日、たくましいがそれでいて慎ましやかに生える雑草の味は芳醇で、年老いた母と寄り添い暮らす日々は幸福そのものであった。
群れが不可能でも、一匹でもやるしかない。
バッファローは決意し、もう一分を切ったと腹を括って立ち上がった。
「どこへ行くんだい」
「
「坊や?」
「行ってくるよ」
孤独な旅立ちであった。バッファローは大地を踏み締め、人間達のやってくる方向へと走っていった。その力強い足音は地面を伝い他のバッファロー達の黒い体毛を揺らした。バッファローは不意に泣きたくなったが堪えた。やってくるすべてを破壊してこの疎林を守るのだと決意した彼はもう厨二ではない。戦士だ。覚醒の時である。
疼いていた左角が突如として光を帯びた。眩いばかりの閃光は昼下がりの疎林の中を殊更照らした。その光を見た午睡寸前のバッファロー達は呆然としたあと一斉に唸り声を上げ、土を蹴り飛ばし走り出した。無数の足音は地鳴りとなり大地の怒りのように響き渡った。バッファローは驚いたが勝鬨の声を上げた。すべてを破壊するのだ。人間達から疎林を守る戦士として突撃だ。
襲い来るバッファロー達。唐突な突進に混乱する人間達。
時間はあと三秒を切っている──。
厨二牛 草森ゆき @kusakuitai
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