SFとよる年波(KAC20241用)

Tempp @ぷかぷか

第1話 SFとよる年波

 シンには三分以内にやらなければならないことがあった。

 進の目の前には特売日に買ってきたカップ麺がある。そこには湯を注いだばかりだ。けれどもカップ麺は多少、ほんの多少ならば時間を過ぎても問題ない。湯はいつも少なめに入れている。多少伸びても、冷え切る前に食べれば問題ない。

 それより問題なのはアラートが鳴ったことだ。

 進が目を上げた壁には古式ゆかしき火災報知器よろしく、プラスチックカバーの内側に潜んだ赤いライトがチカチカと明滅している。そして近所迷惑にならない申し訳程度に、そこからウーウーという音が聞こえた。進が慌ててスマホを探せば、ぷるぷると振動している。進は齢七十である。その耳も目も往時の性能を失って久しく、その連絡に気がつくためには別途アラートを用意せざるを得ない。進は一刻を争うようにスマホの通信ボタンを押し、続けてスピーカーボタンを押した。

「あっ速田隊員、お疲れ様です」

「ああ、何があった。敵か!」

「そうです! 敵が、敵が現れます! 大気圏突入までおよそ10分です!」

 眼の前にいれば口角泡を飛ばすという風情の慌てた言葉が耳に届く。

「場所はどこだ!」

四風山しふうざんの北部です。周りに人家はありません!」

 進の住む神津市は四風山の南にあるのだが、四風山は巨大な山で、その裾野は山脈だの連峰だの言われるほどには広い。つまり進の家から四風山北まではおよそ100キロほどある。けれども進にとってこの水平的な距離はさして意味はない。

「わかった! なんとか間に合わせる!」

「お願い致します!」

 進は靴箱の上に置いてあったカプセルをひっつかみ、つっかけサンダルに足を通して玄関を飛び出し、ぜえぜえという荒い息を吐きながらよろよろと山を登っていく。早くしなければ敵が来てしまう。もともと進の家の裏は四風山ではあるものの、漸く少しだけ人家から見えない程度に登ったことを確認してから見上げた空は眩しいほどに青い。そして小さな黒点が見えた瞬間、進は超小型プラズマスパーク核融合装置とベーターコントローラーが封入されたカプセルをその空に掲げた。

「しゅわっちょ」

 その瞬間、進の体は銀色の光に包まれながら巨大化して超人と化し、恐ろしいほどの勢いで大気圏外に突入する。その瞬間、足下の神津市では超音速飛行によって発生した衝撃波、つまりソニックブームが2回ほどドンドンと響き渡ったことだろうが、進はそんな些事は気にしてはいられなかった。なにより進は正体を知られるわけにはいかないのだ。そして何より、奇怪なことばかりが起こる神津の住民は、そんな些細な音はもとより気にしない。

「ひゃっほう」

 進は思わず歓声をあげた。無重力空間に到達した時、久しぶりに体が軽くなるのを感じた。腰はいつもより真っ直ぐに伸び、その超能力によって視界も明瞭だ。そして遥か彼方から地球に向かって高速で迫る敵性宇宙人の姿を捉えた。

 進の若い頃は敵性宇宙人の大気圏内への侵入を許したが、惑星間連絡網による悪性宇宙人情報の入手と科学技術の発展によって、科学特捜部隊は太陽圏に侵入する前に敵性宇宙人の侵入を補足することに成功している。だからもっぱら人心を騒がさないように宇宙空間で排除することになっている。

 しかし進が超人として力を使える時間が3分間であるのは変わらない。もともとの超人が住んでいたM99星雲の範囲内であればより長くその姿を留められるが、銀河系の辺縁部であるこの太陽圏では如何ともし難い。そしてその時間は地球の技術では伸ばすことは不可能だった。

 だから進は3分以内に敵性宇宙人を倒すか説得して追い返さなければならない。厳しい時間だ。けれども久しぶりに力の漲った進にとっては望む所だった。


 しばらく後、使命を果たした進は四風山からほうほうの体で降りてきて自宅にもどり、大分冷めたけれど未だに暖かさが失われていないカップ麺の前に座り割り箸を割った。その体は信じられないほど重く、節々は痛みに軋んだ。

「よる年波には勝てん」

 神津の空は今日も晴れている。

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