ユーザップ・ブレイン>>>三分以内に生き返れ!

尻鳥雅晶

>>>

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。ほとんど止まってしまった自分自身の心臓を何とか再起動して、生き返らなきゃいけないんだ!


3:00:00


 視界の隅に現れた数字は、僕の脳が酸欠により回復不能のダメージを負うまで……つまり死んじゃうまでの時間。今ちょうど3分。直前に考えた……あとどのくらい時間が残ってるんだ、と問いかけた(誰に?)とき、どういう原理か判らないけど表示されたんだ。たぶん、僕の無意識とか何かそういうものが見せているマボロシなんだと思う。


2:59:59


 えっ、こんだけ考えたのに、まだ60分の1秒しかたってない! どうやら僕の脳のクロックはものすごい速さで動いているようだ。残念ながら今は指いっぽん動かせないけど。ああ、痛い……痛い! 暴走2トントラックにはねられて道路に叩きつけられた僕は、手も足も変な角度に折れ曲がり、アバラ骨も2本逝ってる。この痛み何とかなんないの>>>あっ、そう思ったとたん痛まなくなった。でも。


2:57:01


 3秒近くも時間が過ぎた。なぜ?


 それは僕の脳が神経を操作して、痛みの信号を遮断したからだ。なるほど。今の僕はただ考えるだけならほとんど時間はかからない。でもリアルに身体を操作しようすると……思考そのもの以外に物理的に何かしようとすると、まるでゲームのMPのように時間を消費する。たった3分しかない制限時間なのに。


2:57:00


 いや、もう2分57秒ちょうどしか残ってない。健康な人体は心臓が止まると、約3分で酸欠により脳に回復不可能なダメージを負うという。その死や意識断絶までの時間は人によるけれど、今の僕の場合は違う。研ぎ済まれた……研ぎ済まれすぎた知覚と思考が、意識を保つと同時に正確なカウントダウンを計算している。それでも余命時間が無くなれば同時に僕の思考は途絶える。そこから先は宝くじ並みの運まかせだ。


2:56:59


 いやだ、死ぬのは絶対に嫌だ! 僕には生きてどうしてもしなければいけないことがあるんだ! 幸いにして今の僕には、この超絶的な能力がある。精神的にも肉体的にも自分の体の中のことに限られるけど。


 もちろん僕はコミックやラノベに出てくるよう超能力者や魔法使いなんかじゃない。AIでも超天才でもない。たったいま頭を強打したせいで、たいていの人は数パーセントしか使わない脳を100パーセント使えるようになった、厨二っぽいけどフツーの高校生なんだ。諦めるな。気力を奮い起こせ!

 脳を使い切ってユーザップ・ブレイン生き返れ!


2:56:58


 まずは状況把握だ。うっ、眼球がろくに動かない。瞳孔を開き視界を広く>>>して、あとは脳内の画像処理だけで「見る」。ラップの芯を覗きながら振り回すような感覚で周囲を見回す。


 いつもの通学路。僕はあおむけで車道に倒れているが、顔はちからなく歩道の方向に向いている。目を見開き、間抜けっぽく口を半開きにして。横断歩道を歩いていた僕をひいたトラックは、12メートル離れた電柱に激突している。運転スマホ良くない。クラスメイトたちはあまりの惨劇に呆然としているのか、歩道に固まってこちらを凝視している。そうだよな。僕がそっち側なら、しばらくビビって動けないよな、フツーなら。って、すばやくスマホ撮りしてるヤツもいるぞ!


2:46:12


 出血してる。体外にも体内にも。血管を収縮して>>>止血。できた。内臓は脳も含めて傷ついてない。でも心臓はアイドリングしているかのように、ただ微妙に震えているだけだ。


 うわーんという低い音が聞こえている。ああ、僕の脳のスピードが上がっているから、スローモーション映像の音声のように聞こえているのか。かと言って風景がゆがんだり色合いが変らない理由は思考力がそこまで「早く」ないからだ。


 ピッチを変えない再生アプリみたいに脳内処理>>>で耳をすます。女の子の悲鳴が聞こえる。無情にもそばを通り過ぎる車の音。耳元に転がっているイヤホンから響く死にかけなのに軽快な音楽。スマホは……頭の後ろ、2メートル向こうに投げ出されてるようだ。あ、車が踏んずけた。部品が飛び散る音もした。


2:22:22


 計画を立てよう。生き返るための計画を。その目的は心臓をしっかり動かすこと。血管を収縮できるなら命令だけで動かせそうなんだけど、筋肉の固まりだもんな。計算するとそれには3分半はかかる。MPが足りない!


 心臓を動かすには……心臓マッサージ、AED、ペースメーカー、アドレナリン。それしか思いつかない。それならその全部を検討しよう。


 今の僕は1回の耳コピで長時間のクラシックでも譜面に起こせるし、ただ教科書を読むだけでどんな入試もクリアする。でも知らない曲や問題はどうにもならない。創造することもできない。基礎知識がネットのチラ見ぐらいしかないからだ。だからリアルな理論が実在するかも知れないけど、魔法や超能力がいきなり使えるようにはならない。残念ながら。だけど体内のアレコレなら無意識や副交感神経にまで指示ができる。その詳細を知らなくても、脳は身体の支配者だからだ。


2:22:21


 戦略マップを作成する。僕の身体の状態を模した幻影が、カウントダウン表示の隣にくるくるとタテ回転しながら現れる。さらにその隣には進捗バーを出す。このバーは最大100ポイント目盛り。いまは0ポイント。有効なチャレンジをするたびにポイントが加算され、100ポイントになったら心臓はちゃんと動く。


 確率表示にしないのは、僕の知能と決断力が高すぎて意味がないからだ。できないことは絶対できないし、できることは確率が低くてもやるしかない。


 それにしても、今の僕は普段の陰キャとは全然ちがう。頭の悪い言い訳が一切言えないからだ。ああ……生き返っても知能はともかくこのポジティブさが残っていればいいのに。それならきっとミズキにも……でも、たぶん……


2:22:20  0/100P


 心臓マッサージはムリだ。自分の腕や胸筋の収縮で行うにしても、心臓以上の筋肉を動かさなくちゃいけない。AEDは全部他人まかせなので却下。


 ペースメーカー……あっ、生体ペースメーカーとか……うん、できる。体内電気を集め、ペースは脳が正確にコントロールする。問題は体内電気。確か細胞内のミトコンドリアに発電能力があるという記事を読んだことがある。


 全身のミトコンドリアに発電を指示>>>できた。戦略マップ全体の色彩が緑に輝く……


2:10:11  38/100P


 げっ、タイパ悪い! あまりポイントが加算されてない。そりゃそうだ。今の僕脳はいわば大企業のCEO。担当への業務命令ならともかく、全社員に怒鳴るだけで業績が向上したら苦労しないよな。


 担当……体内に電力を発生する部署……発電器官を作れないか。電気を発生するには金属と塩水。そうだ、こないだ歯に詰め物をした。全身の塩分を口内に集めれば、もしかしたら……


 待てよ。なんで血流がほとんどないのに、物質の体内移動ができるんだ?


 いや、すでに僕は色々とやらかしてる。真相はともかく、仮説はすぐに閃いた。自意識には量子的要因があるという。僕の現在の思考は神経回路の働きというより量子コンピュータだとしたら説明がつく。それなら量子テレポートだって可能なんじゃないか。


 ホンモノの量子テレポートを使いこなせるなら酸素を脳内に送って時間稼ぎができただろう。肺に酸素が残っていたらの話だけど、今は無い。でも塩分、いやそのイオンぐらいなら、体内を移動させるぐらい容易たやすいだろう。よし>>>それでいけるか?

 戦略マップの口元に淡い光が集まっていく……発電!


2:00:00  62/100P


 足りない~ 僕は余命2分の高校生だ。あれっ、誰かがこちらに駆けてくる。救急隊員か? いや、早すぎる。だったら無視だ。次はアドレナリン。アドレナリンは

副腎とか言う臓器から分泌されるそうだ。心臓への刺激の他にも、心拍数や血圧上昇、覚醒や興奮作用があり、集中力や注意力も高まるとか。


 よし、僕の副腎、働け>>>!


1:42:37  77/100P


 うーん、この程度か。でも気付かなかったけど、副腎くん、君ってもうかなり働いてたのね。すでにアドレナリン出しまくって、痛覚遮断や瞳孔の拡大その他もろもろ協力してくれてたんだね。さらに働かせて無理させたみたいだな。ごめんね。


 んんっ?

 少し血圧が高すぎるかな、もう少し下げ……


 あ。下半身に違和感が……うわぁっっ、僕の僕が元気になってるぅ!

 てめー副腎このやろ、働き過ぎだ! クラスメイトに見られちゃったじゃないか!

 写真撮るなぁーっ!


 ああ……もう死にた……いや、それでも、生きる。そう決めたんだから。どんな生き恥さらしても。


 その覚悟はもうすでに持っている。

 

「あっ……」


 ミズキの声。


 視点を向けると、すぐそばに真っ赤な顔で僕を見つめる幼馴染がいた。車が途切れないんだから危ないぞ。何か言ってるけど、ごめん、今は聞くための物理的時間がないんだ。でも、下半身がアレの姿を見て励ますようなことを言ってるとは思えないよな……


1:39:25  77/100P


 アドレナリンはもう出尽くした。後は……電気。しかし、体内の塩分はもう……いや、まだ残ってる。下半身に意識をやったおかげで気付いた。膀胱内の尿。この状態の尿は異物だから量子テレポートの対象にならなかったんだ。この塩分を回収できれば。でも膀胱はかなり丈夫な臓器だし、逆流も時間がかかる。そうだ。尿道の粘膜からなら吸収可能だ。今なら尿道も長いから効率的……


 えっ。


 そのためには……そんなの……そんなのって……ああ、見ろ、こっちに駆けつけてくる大人の人たちが見える。あの人たちなら心臓マッサージをしてくれるかも。でもこれから僕がしてしまうことを見れば、ドン引きして止めてしまうかも。


 いや。僕の知能は、彼らが適切な救命研修を受けていて理想的な救命行動を取ったとしても2分以上かかるということが判ってしまってる。


 だから。


 クラスメイトと好きな人の前で放尿するしかないんだ。

 それって、どんなプレイなんだよ!?


 いやだ。すごく嫌だ!

 でも……もう決めたんだ>>>する。


 シャアア……


1:06:54  79/100P


 ……ポイントが少し上がったのは、お漏らしで血圧が適正な値になったからだ。僕の評判ポイントはたぶん大幅に下がっただろうけどな! さあ、この塩分を口内に送り>>>……吐きそうな気分だけど、吐けるほど身体を動かせない。


『あはははっ』


 なんだこの笑い声。最初はクラスメイトの嘲笑かと思ったけど、違った。美少女アニメキャラみたいに高い響き。いや、声じゃない。脳内に直接響いてる!?


『みじめ極まりないのう。あさましき醜態をさらし、他人を信じず、汚物をすすり、誇りを無くして、それでもそんなにも生に執着するか』


 視点を合わせたそこには。


 カウントダウン表示にもたれかかる、なんか巫女さんっぽい和服を着た美少女。いや美幼女。もしかしたら美少年かも知んない。ほんのり神々しい光に包まれて、にやにやと下品な笑みを浮かべてる。頭には猫耳。造り物のボサボサ感がまったくない、どう見ても自然で本物の猫耳があり、猫尻尾がうねうね動いてる。クラスメイトや通行人の誰ひとりとしてこんな奇妙な人物に注目してる様子がないから、僕以外には見えていないだろう。状況的に、幻覚でなければ超常の存在に間違いない……って、うわーっ!


 こちとら取り込み中だってのに、またややこしいヤツが現れたーっ!!


 ハードSFな雰囲気(コメディに傾きかけてるけど)が台無しだろ!


『我の名はシュレ。見ての通り、異星の神じゃ』


 そうなの? そうは見えないけど。

 でも神様だったら何とかしてください!

 究極的に困ってます!

 死にそうなんです!

 

『残念ながら、地球での奇跡は行えない取り決めじゃ』


 ……そうですか。


『そのかわり、おぬしの魂……量子的もつれを、我の管理する異世界に転移……量子テレポートしてやろう。そして偉大なる我の眷属にふさわしい優れた肉体を授け、剣と魔法の世界で新たな生を続ける機会をやろう。どうだ、我の提案を受けるかの?』


 そうだな……今朝までの僕なら、その提案に大喜びで飛びついただろうね。

 でも、今の僕は。


 きっぱり、お断りだ!


 いま僕を助ける程度のこともできないなら、その先のことだって適当になるに決まってるだろ。それに眷属だって? なんで全部自分だけで管理しないんだ、神様だろ? シュレとか言ったな。いいか、地球にはな「そんなに儲かるなら自分でやれば」っていう詐欺を断る定番の台詞がある。僕程度の存在を眷属にしたくなるほど困ってるなら、死ぬほどこき使うに決まってるだろ! 


『死にかけた虫けらを哀れに思って声をかけたが、神の慈愛が伝わらぬとは、おぬしはつくづくどうしようもない糞尿のような存在じゃのう』


 そうそう。その言い方~!


 ネットじゃ、国民が可愛そうだの動物が可愛そうだのって言うヤツに限って、そんなふうにひどい言葉で他人を罵る。マウントして悪口を言いたいとか、承認欲求とかの利益だけが目的でな。


 その言い方だけで、お前がそういうタグのヤツだってのが丸わかりだ!


 シュレ、お前の正体が本物の神様でも、神様のフリをした悪魔でも、もしかして僕の弱気が造り出した幻影だとしても……お前なんかの言う通りにするもんか! 僕には生きてやらなきゃいけないことがあるんだ!


『ほほう』


 シュレは、恐ろしく冷たい目つきになって続けた。


『おぬしのその能力は、おぬしも予想しているように、もし本当に心臓が動き出すと消滅するぞ』


 うっ……


『なぜなら甦ったという認識そのものが、おぬしの脳内の生と死の量子的バランスを崩すからじゃ。生と死のはざまで、フィクションとノンフィクションのはざまで、我の姿が何を暗示しているのか。現実であり幻想であり、神であり悪魔であり、男であり女であり、老人であり幼子であり、人であり猫であり、そしてなぜシュレという名前なのか。今の賢いおぬしなら容易に理解できよう』


 シュレ……シュレーディンガーの猫か……!


『決しておぬしのアニメ嗜好に合わせただけではないのじゃ』


 少しは合わせてるのかよ!


『生き返っても待ち受けているのは、周囲から侮られ笑われる人生だ。あんな惨めになるくらいなら俺だったら死ぬね、と言い放つ友達もどきもいるじゃろう。おぬしが告白しようと思っている幼馴染ならどう思うかのう。ひょっとしたら、おぬし自身がその辛い人生に耐えかねて、あらためて自死を選ぶかも知れないのじゃぞ?』


 そんなふうにはならない。


 確かに生き返った僕は、今の僕よりはるかに劣った知性と決断力になってしまうだろう。でも、優れているときの自分自身が、そう決断したという事実までは無くならない。未来の僕は、きっと今の僕を信じてくれる。迷いながら、愚痴りながら、それでも後悔だけはしない。


 だって、それが僕なんだから。

 僕にはそれが判ってる!


 シュレはポン!と音を立てて変身、本物の猫にしか見えない姿になった。

 そしてカウントダウン表示の上に飛び乗ると、猫の大あくびをしやがった。


『では、我は、おぬしがそのまま虚しく死ぬところを観測するとしよう。どうせそうなるに決まっておる』


0:44:44  84/100P


 ああ……威勢のいいこと言ったけど、足りない。アドレナリンが、電気が、塩分が足りない。ほんのちょっとだけ足りない。どれかが身体の中にほんの少しだけあれば。


 あっ、スマホから飛び出たバッテリーが、後頭部のすぐ横に転がっている! 壊れているから、あれに触るだけで電気を得られるぞ! 身体はすでにあおむけだから、横を向いてる首をちょっと上に向ければ触れる。心臓よりはるかに少ない筋肉が対象だし、首のねじれが戻るちからもある。でもその動きにどれだけ時間がかかるか。ああ、もう計算したくない。僕の首、動け>>>!


0:24:44  84/100P


 動け>>>!


0:14:44  84/100P


 パチッ!


 やった……!

 顔が上を向き、後頭部の髪の毛がバッテリーに触った!


 その電気を伝えて>>>……って、えっ?


0:04:44  99/100P


 1ポイント……足りない。ああ……



 これで、終わりか。



『にゃはははっ!』



 猫の笑い声。



 ふと真上を見ると、ミズキが僕の顔を覗き込んでいた。



 その目に溜まっている、涙。



 その涙がしたたり落ちて……僕の頬に、



 開いたままの口内に、垂れた。



 涙。かすかな塩分。



 乙女の涙が奇跡を起こす。ベタすぎるシチュだけどさ、その理由にちゃんと意味があるケースなんて、フィクションなんかでも見たこと無いよ。



 発電>>>!


 

0:00:04  100/100P



 ドン!


 ドック、ドック、ドック……


 爆発的な痛みと共に、心臓が動き出した。

 いのちの痛みだ……


 ああ、僕の知能が……急速に低下していく……

 それが自分で判る……


 カウントダウン表示が他の表示と共に消滅し、投げ出されたシュレが、ニャーと悲鳴をあげて逃げていく……


 痛い。


 骨折の痛みがぶりかえして、僕は気が遠くなる。薄れていく意識のままで見上げれば、可愛い幼馴染の顔。恥ずかしいところ、かなり見せちゃったけど、こんなに悲しんでくれるなら……告白してもそれなりに見込みあるんじゃない?


 僕はそのために生き返ったんだから。






 ええと。



 これからの人生で死にかけるようなときがあったら……

 また、あの能力が発現したりすんのかなあ?

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