全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ

ルルビイ

第1話 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ


 

 男には、3分以内にやらなければならないことがあった。早朝のゴミ出しである。昨日うっかり目を通してしまったエルデンリング攻略wikiの最新アップデート情報まとめによる夜更かしが効いていて、今朝はうっかりと寝坊してしまった。

 普段なら別に余裕を持って行動できるし、簡単に遂行できる業務ではあるが、今日に限っては急ぐ必要があった。このままでは二日連続の遅刻となってしまい、職場から白い目で見られるからだ。男は職場の白い目を何よりも嫌っていた。

 しかし、そんなねぼすけな男の日常は、急遽として“終わり”を迎えることとなる。


全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れたからだ。


 男は絶望に暮れ、膝から崩れ落ちた。おそらく、膝を擦りむいたと思う。


 それは、突如として現れた災厄の嵐。それは、突如として迫る人類への挑戦。それは、この世界の怒りと嘆き、あらゆる憎悪を内包した、破壊の具現であった。


「ブモオオォォォオオオオオッッ!!!」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの先頭、この最悪百鬼夜行の首魁と思われる群れのリーダーが、鼻息を荒く雄叫びを挙げた。続く群れのバッファローもまた、口々に吠え叫び、全てを破壊しながら猛進を続ける。


「ひっ……」


 男は涙を浮かべ、恐怖に震えた。崩れ落ちた膝には未だ力が入らない。擦りむいた傷からは血が滴り、大地の一部を赤く染めていた。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、徐々に男へと迫っている。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、全てを破壊し、突き進む。このままこの哀れな男もまた、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに、その全てを破壊されてしまうのだろうか。


「へえ。いいね、その赤。ちょっと借りてもいいかな?」


 そう思った矢先である。

 背後から少年のような、はたまた普段は飄々とした態度で物知りげな雰囲気を帯びてはいるが、その実かなりのズボラであり部屋は汚く自炊もロクにせず、とんでもなく依存気質で気怠げながら妙な拘りとやる気だけには満ちており、倫理観が少し死んでいて己の欲求を満たすためならば他者の不幸や犠牲などまるで厭わない厄介イカレ女のような声が、男の耳に届いた。振り向くと、そこには確かに巨乳の女が居た。そういう女とは、得てして乳がデカいものだ。


「バッファローっていうのはね、調べてみたんだけど、ルーターの情報ばかり出てきて、あんまりよく分かんなかったんだ。だから、たぶん闘牛みたいなモンだろうと思って、ボクはこの『全てを魅了するすっごいビラビラ』を開発したのさ。これなら、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れをも魅了できると思ってね」

 女は男の前で、取り出したビラビラを見せつけた。たしかに艶かしく揺れるそれは、思わず目を奪われ見惚れてしまい、時間も呼吸も忘れてうっかりと死を迎えてしまいそうな魅力がある。

「しかし、ボクとしたことがうっかりしていた。ムレータ。闘牛といえばあのマント? 旗? よくわかんないけど、アレはいつだって赤くあった。太陽が朝になれば登るようにね。しかしそのビラビラは無垢なる白だ。無垢シロ、むくむくホワイトだ。まるで汚れを知らないランチョンマット。炭酸の抜けたワインだ。我々は埃まみれの世の中で無様にも気高く転げ回り、少しずつ汚れを知って誇りを見つけていくというのにね。ガッカリだ。カリフラワー」

 女は雄弁に語る。男にとっては話している内容のほんの少しも理解するコトはできなかったが、この無垢なる白を前に、やるべき事だけはわかっていた。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが迫る。既にその距離はおよそ五百メートルを僅かと言ったところであろう。

 しかし同時に男の覚悟は既に決まっていた。己が為すべきこと、やるべきことが決まった男というのは、いつだって世界の危機を覆す勇者であり英雄だ。この世の全て、万物万象というものはただ、その為のアディショナルタイムにすぎない。


「おいの血ぃば使(つこ)うて、そげなビラビラを真紅に染めば良かね?」


 男は女から半ば引ったくるように無垢シロを手に取ると、上空へと飛翔し、そのまま爆散した──。

 ──その異様な光景を前に、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れも、皆各々がそれを目撃し、女は泡を吹いて気絶した。


「ブモオオォォォオオオオオッッ!!」


 すっごい魅了するむくむくホワイトは男の覚悟の血潮に濡れ、上空を漂う。当然、そんなものを見せつけられては、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れとて見過ごすワケにはいかない。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、重力を破壊し、物理法則を破壊し、血潮に濡れたビラビラを破壊すべく、宙を駆けた。


 ひらり。


 しかし、そのビラビラ真紅はいじらしく、まるで全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを翻弄するかのようにソラを舞い踊り、カナタの果てへと飛んでいく。


 そして全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、やがてこの星の外、遙かなる暗黒の宇宙へと躍り出た。


 真紅の布切れは真空の宇宙を漂い続け、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、全てを破壊しながら、それをいつまでもいつまでも追い続ける。


 宇宙というものはまだ、創世の頃より拡がり続けているのだそうだ。

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