推したい影山君と推されたい鬼本さん

蒼田

走れ影山! 全ては推しの為に!

 影山はじめには三分以内にやらなければならないことがあった。


 (い、急がないと配信に遅れちゃう! )


 会議を終えた彼はデスクに戻り小さな手を駆使してカバンの中に荷物を放り込む。

 今まで見たことのないような彼の焦りように同僚達は軽くざわつく。


「はじめ。どうした? 何か急用……うぉ?! 」

「す、すみません。急用ではないのですが……急用です! 」


 影山は「失礼します! 」と思いっきり頭を下げて走っていく。

 残された同僚達は顔を見合わせ「結局どっちなんだ? 」と首を捻り自分達の退勤の準備を始めた。


「まだ電車に間に合う」


 影山は腕時計をチラリとみてスピードを上げる。

 時々通りすがる社員が物珍しいような物を見るような目で見るが、影山は軽く挨拶して出口へ向かう。


 あと二分。

 次の電車に遅れると彼が毎日の楽しみにしている推しVTuberの配信に遅れることとなる。

 他の人が聞けば電車の中で観ればいいというかもしれない。

 もしくはアーカイブを観ればいいというかもしれない。

 しかしそれは彼にとって出来ない事。


 推しを、自分の部屋リラックスできる部屋で、リアルタイムで観、推す。

 このスタイルは彼にとってご飯を食べる前に手をあわせると同じ事で、必要な儀式だ。


「あら影山君。そんなに急いで――」

「お疲れさまでした鬼本リーダー! 」

「あ、ちょっと……」


 影山は上司に挨拶をしてそのまま会社を走り去る。

 呼び止めようとした鬼本は少しの間伸ばした手を宙に預け、体に戻す。

 まるで何もなかったかのようなきりっとした表情で会社を出る。

 そして彼女は会社近くのマンションへ向かった。


 ★


 無事時間通り影山が電車に乗ることが出来、「姉ヶ崎はな」の配信に待機している頃。

 彼の上司鬼本彩花あやかは着換えを終えパソコンの前に待機していた。

 しかし影山とは様子が異なる。


「マイク良し」


 猫耳フードが着いたパーカーを着た鬼本がマイクやパソコンをチェックする。

 画面には猫耳をつけたオレンジショートの髪をした女の子が。

 それを見て鬼本は再度「よし」と呟き軽く笑みを作る。

 時間をチェックして、そして――。


「こんばんも元気いっぱい、姉ヶ崎はなだにゃぁぁぁぁ~~~!!! 」


 配信が始まった。

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推したい影山君と推されたい鬼本さん 蒼田 @souda0011

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