最終話 左利きの決断

「……なんでその席座ったのよ」


 教科書に目を落としていた左央は、僕の方に視線をやるでもなく、教科書に目を落としたまま訊いてきた。


 僕が座った席、それは左央の左側の席だ。


「……さぁ? なんとなく」


「その席に座ったら私の左腕が当たって邪魔なんでしょ? 昨日まで散々どけって言ってたくせに私の左側の席に座るなんて何考えてるの?」


「特に何も」


「何も考えてないならどいてくれない? 邪魔なんだけど」


「なあ左央」


「……何よ」


「僕ずっと君を遠ざけてた」


 左央の左側の席に座った僕は、カウンター席の正面にある窓ガラス越しに、いつもより少なく感じる駅の利用者達が行き交う姿を見ながら話し始めた。


 そして僕の言葉を聞いた左央は、ノートに数字を書くために走らせていたペンを止めた。


「左央は高校に入学してから自分の実力で大勢から慕われる人気者になったのにさ、僕はクラスメイトとウマが合わなくて良い関係を築くことができなくて陰キャになって--。引け目を感じてたんだ。僕と左央はもう対等じゃない、僕なんかが左央みたいな人気者に近づいたらダメだって。それが左央を遠ざけてた1つ目の理由。2つ目の理由は、左央には僕に手を差し伸べる筋合いなんて無いのに心のどこかで左央なら手を差し伸べてくれるんじゃないかって期待してて、そうしてもらえなかったからって勝手に裏切られた気になって、それで左央を遠ざけてた。左央のために遠ざけてた、なんて都合の良いことは言わない。僕は僕自身のために左央を遠ざけてたんだ。本当にごめん」


 左央を遠ざけていた本当の理由を曝け出すことで、ただでさえ開いてしまっている僕と左央の距離が更に離れてしまうのは怖い。

 それでも事実を曝け出して謝罪することは、僕と左央の関係を修復し前に進んでいくために必要なことだと思った。


「い、今更謝られたってそう簡単には許してあげな--」


「僕は君が好きだ」


「……へ?」


 僕はなんの前触れも無く、唐突に左央に対する自分の想いを伝えた。

 そして僕の想いを聞いた左央は僕を見つめたまま固まってしまった。


「……すっ、好きっていうのはその、えっ、好きって、え?」

 

 僕が放った信じられない言葉に左央は自分の耳を疑っているようだ。


 焦って冷静さを失っている左央に対して何か声をかけるべきかとも思ったが、僕は今日マクドナルドに来る前から想定していた通り、「ごめん、それだけだから」と伝えて席を立った。


「えっ、ちょっ、右京⁉︎ 何やり切った感出して帰ろうとしてんの⁉︎ 今きたばっかじゃない! ねぇ、右京? 右京⁉︎」


 気が動転してしまっている左央は僕を追いかけようとしたが、左央に追いかける隙を与えず、僕は後ろを振り返ることなく即座に店を出ていった。




 ◆◇




 左央に想いを伝えた翌日、僕は左央より先にマクドナルドにやってきて、注文した商品を受け取ってからいつも僕が座っているカウンター席の一番左側の席に座った。


 そして机の上に勉強道具を広げ、来るかどうかもわからない左央のことを待っていた。


 僕は自分がしたいこと、するべきことは全てやり切ったと思っている。

 喧嘩をしていたことに対する謝罪、そして左央への告白。


 これ以上やることはないと言えるくらいにやり切った上で、左央が今日ここに来ないのであれば、僕と左央の関係はこれまでということだ。 


 そう割り切って勉強を開始したものの、30分、1時間、2時間が経過しても左央が僕の隣の席にやってくることは無かった。


「……ここまでか」


 これだけ待っても来ないということは、左央はもう僕の元に戻って来て、仲直りをして、以前のような関係に戻るつもりは無いのだろう。


 そう諦めて席を立とうとしたその時--。


「あら、今日もいるのね」


 僕の右側の席に、お馴染みのセリフを言いながら一人の女子高生が座った。


 その女子高生は、何食わぬ顔で勉強を始め、僕の右腕にわざとらしく自分の左腕を当ててくる。


 そうわざとらしく言ってくるその女子高生に「別にいいけど」とだけ伝えた僕は平静を装って勉強を続けた。


「これが私の答えだから」


「えっ--」


 僕の右側に座った女子高生は教科書に視線を落としたまま、僕の右側に座ったこと、それ自体が答えだと伝えてきた。


 そんな回りくどい伝え方しかできない、不器用で強情で、めちゃくちゃ可愛い僕の幼馴染の、毎日のように僕の右腕に当たっていた左腕の薬指に、僕が指輪をはめることになるのはそう遠くない未来のお話である。




※最後までご覧いただきありがとうございました‼︎✨

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左利きなのに右利きの僕の右側に座る幼馴染には意図がある 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d

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