〇〇と〇〇の持つ出生届の顛末

砂漠の使徒

うるう年のある日

 ○○には三分以内にやらなければならないことがあった。

 しかし、それよりも困ることが起きていた。


「クソッ! どうなってんだ!?」


 手に握りしめた出生届を睨みつける。

 何度確認しても、そこには愛する妻の名前と……。


「○○ってなんだよっ!?」


 俺の名前が○○になっている。

 なにを言っているかわからないだろうが、事実そうなっている。


「こんなふざけた書類……出せねぇよ」


 動揺する男の様子から、大事な場面で遊ぶ狂人ではないことは窺える。

 ではなぜ、名前が○○になっているのか。


 ピンポン!

 ピンポン!


 先程からメッセージアプリの通知が鳴り止まない。

 送り主は妻だ。

 それもそのはず。

 出生届の締切は今日、役所が閉まるまであと三分なのだから。


「な、なぁ、二郎? 俺の名前って……」


 焦った彼は、弟に電話をかけた。

 自分の名前が○○なんかではないことを証明してもらうかのように。


「何言ってんだよ、兄貴。兄貴の名前はいつまで経っても○○のままだろ?」


「……」


 ○○。

 どこまでいっても○○。

 書面ではキレイな明朝体で○○(フリガナは『マルマル』)。

 電話越しにも○○(発音は"marumaru")。


「もう……出すしかない」


 この際、もはや自分の名前なんてどうだっていい。

 生まれたばかりのかわいい我が子さえ、まともな名前ならばいいのだ。

 たとえ自分が、○○になったとしても。


「これ……お願いします」


「出生届ですね」


 なんとか間に合った。

 男はひとまず胸をなでおろす。


「一応確認なのですが、あなた様は……」


「父の一郎です……あれ?」


 一郎……○○ではない。

 本人確認のために出した免許証も、○○から一郎に戻っている。


「どうかされましたか?」


「あ、いえ! 問題ないです!」


 突如として、男の名は○○から再び一郎に戻ったのである。


「よ、よかった……」


 安心感から、崩れ落ちそうになる。

 そこへ、役所のお姉さんが語りかけてきた。


「それにしても、✕✕だなんて可愛らしいお名前ですね」


(了)

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〇〇と〇〇の持つ出生届の顛末 砂漠の使徒 @461kuma

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