天使を作る三分

清水らくは

天使を作る三分

 ストリートミュージシャンには三分以内にやらなければならないことがあった。 公園の一角でギターを手にして、曲を奏で始める。ただいい歌を歌えばいいのではない。より多くの人を集める必要があった。

 三分間を、存分に使う。何人もの人を集めること。それが、彼に求められている使命だった。

 彼が自分の歌を聴いてほしいから、だけではない。曲が終わりに近づくと、彼は言った。「紹介したいアーティストがいるので、できればそのまま待っていてください」

 木陰から、一人の少女が現れる。青いワンピースに身を包んだ彼女は、ストリートミュージシャンの演奏に合わせて透き通るような声で歌い始めた。「天使みたい」と誰かが言った。どこで歌っても、誰かが言った。

 三分後、歌い終えた彼女は「ありがとうね」と言って手を振りながら木陰へと戻って、姿を消した。大きな拍手の中。



 ストリートミュージシャンには三分以内に人を集めなければならない理由があった。かつて、とある駅前で出会った少女。彼女もまた、ストリートミュージシャンだった。素晴らしい歌声だったが、ギターが下手だった。

「もったいない。俺が弾くから歌えよ」

「ええ、そんなの悪いよ」

 彼女は笑った。ストリートミュージシャンは当然のように、彼女のことを好きになった。

 ある日彼を見つけた彼女は、いつにもなく大きな手を振りながら彼に向かって走っていき、信号無視をした車にひかれて死んだ。彼は、あっという間に彼女を失ったのだ。

 青いワンピースが、赤く染まっていた。

「もっと多くの人に、聴いてもらわなくちゃならなかったのに……」

 彼は神様に願った。彼女はまだ死ぬべきじゃない。もっとみんなの前で歌わしてやってほしい! 何日も何日も、彼は願った。



 ある日、彼が一曲目を歌い終わると、視界の端で青い布が揺れていた。誰か乱入してきた? いぶかしげに横を向くと、そこには彼女がいたのである。

「…幽……霊?」

「ふふ、三分だけ居ていいんだって」

「三分?」

「神様にお願いしすぎだよ。私、歌っていいのかな?」

「も、もちろん」

 彼がギターを弾き始めると、彼女は大きく一礼した後、声を出した。彼女の歌は透き通っていて、美しくて、悲しげだった。「天使みたい」と誰かが言った。

 歌い終わると大きな拍手があったが、すでに彼女の姿はなかった。

 ストリートミュージシャンは次の日も同じ場所で演奏した。今度は、曲の途中で彼女が現れた。慌てて曲を中断させると、彼女も申し訳なさそうにした。

 次の日、短い曲を演奏したが彼女は現れなかった。常連の多い日だった。

 何度か繰り返すうちに、彼はわかってきた。きっちり三分で彼女は現れて、三分で去っていく。彼女の歌を聞いたことがある人がいると、彼女は現れない。

「多くの人に聴いてもらいたいと神様に願ったからだ……」

 彼は、旅を始めた。旅先で、多くの人に足を止めてもらえるよう、「三分の歌」に命を懸けたのである。



「今日は、特に多いね……」

 ギターにもたれるように立ちながら、ストリートミュージシャンは小さな声を出した。髪は真っ白で、顔や手には深いしわが刻み込まれている。

 彼の周りには、白い服を着た、翼を持った者たちが集まっていた。みな、ワクワクしながら彼のことを見つめていた。

「珍しいお客さんたちだけど、もう歌えるかもわからなくてね……」

 彼はギターを構え、調律しようとした時に、その姿を見た。皆とは違う、青いワンピースの女性。

「あれ、まだ歌ってないのに」

「もう、いつでも大丈夫なんだよ。ここは、天国だから」

「俺も、死んだの?」

「そう。何十年も、ありがとうね。今日からは何時間でも歌えるよ」

「それはよかった。三分で人を集めるのは、大変だったんだ」

 ストリートミュージシャンがギターを弾いて、彼女は歌った。そして天使たちが、それを聴いていた。


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