サバンナの王

山本アヒコ

サバンナの王

 サバンナの王になるには三分以内にやらなければならないことがある。目の前のバッファローを倒すことだ。

 大きい。このサバンナにいるバッファローに、これ以上の巨体はいない。それでも逃げるわけにはいかなかった。

「ハア、ハア」

 バッファローに比べるとあまりに小さい体。全身の毛は泥にまみれ傷だらけだった。ただ、両目には戦意がある。

 太陽が沈んで山に触れるまであと三分。それまでにバッファローの群れのボスを倒すこと。それがサバンナの王になるための試練だった。

「ウォーーーーー」

 小さな体から信じられないほど大きな叫びとともに、巨体へ襲いかかる。鋭い爪が風を切った。


「ボス! 俺は試練を成功させたぞ!」

 太陽が地平線へ触れるほど沈み、サバンナが橙色に染まっている。

 満身創痍の彼の前には、立派なたてがみをふさふさと風に揺らせるライオンたちが並んでいた。そのなかでも体躯が立派な一匹が前に出る。ライオンのボスだ。

「まさか貴様のようなチビが試練を成功させるとはな」

 口の片端をあげて嘲笑の笑みを作る。

「これで俺はサバンナの王だ! これならサバンナの動物たちで協力して、密猟している人間たちと戦える! そうだよねっ」

 ライオンたちがいっせいに大きな笑い声をあげた。げらげらと、本当に楽しそうに。彼は困惑してその様子を見ている。

「ど、どうしたんだ? 急に笑って」

「貴様をサバンナの王に認めるわけがないだろう」

「そんな! どうしてだよ!」

「ライオンではないからだ」

「たしかに俺はオスなのにたてがみがないけど、そういうライオンだって言って……」

「嘘に決まっているだろう。貴様はライオンではない。イリオモテヤマネコだ」

 衝撃の事実に体が硬直する。

(俺は、ライオンじゃ、ない)

「貴様を群れの一員として育てたのは、高く売れるからだ」

「売れる?」

 ライオンたちの後ろに、いつの間にか複数の影があった。サバンナの動物たちと違い二本足で立ち、その手には武器を持っている。それは『銃』

「お前らは人間! どうして密猟者がこんなにっ」

「私たちが彼らと仲間だからだよ」

「なんだって!」

「人間たちがライオン以外の強者たちを狩れば、それだけこちらが有利になれる。試練などしなくてもサバンナの王になれるのだ」

 ライオンと人間たちは、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ている。種族が違うのにひどく似た表情だった。

「許せないっ」

 ライオンではなくイリオモテヤマネコだった彼は牙をむき、最悪の裏切り者であるライオンたちを睨みつける。

「ふん。そんな傷だらけの体でなにができる。殺される前に人間に捕まって、どこかに売られていくがいい。もともと貴様はサバンナの者ではなく、どこからか連れてこられた異物でしかないのだ」

 たてがみのないライオンとして、ずっと差別されてきた。それでも群れの仲間になるために頑張ってきた。密猟者に苦しむサバンナのみんなのために、サバンナの王になることを決意した。

 だが自分はライオンではなかった。

「それでも、俺はサバンナの王になって、密猟者たちからみんなを守るんだ!」

「がはははは。しかしあのバッファローのボスを倒してくれたのはよかった。あいつには人間たちも苦労していたからな。これで邪魔者はいなくなった」

「ほう? 誰が邪魔者だと?」

 イリオモテヤマネコの後ろに、巨大な影があった。沈みかけた太陽の光に半分だけ体が浮かんで見えているのは、バッファローのボスだ。

「お、お前は。なぜここにいるっ」

 うろたえるライオンのボスを、バッファローは鼻で笑う。

「我を倒した勇敢な若者がサバンナの王になるのを見届けようと思ってな」

「チビっ、貴様はあいつを殺したのではないのか!」

「サバンナの仲間だ。食わないのに殺すわけがないだろっ」

「くそっ。だが一匹増えただけだ」

「いるのは我だけと言った覚えはないが」

 バッファローの群れがこちらへ向かっていた。その数は数百、あるいは千にも届きそうなほど。夕日に照らされて半分影になった巨大なバッファローの群れの迫力に、ライオンと密猟者たちは恐怖した。

「頼む! 一緒にライオンと密猟者たちと戦ってくれ!」

「勿論だ」

 バッファローのボスが鳴くと、群れが一斉に走り出した。全てを破壊して突き進む地響きに、ライオンたちは右往左往し密猟者たちは銃を構えた。

「シャアッ」

 イリオモテヤマネコが密猟者たちのなかへ飛び込んだ。縦横に振るわれる爪が、人間たちの指を刈ると銃を落とし、目を裂くと悲鳴があがった。

「ブモーゥ!」

 バッファローの群れがサバンナを裏切ったライオンたちを踏み潰す。必死で逃げるライオンを左右から挟んだバッファロー二匹が角で空高く吹き飛ばす。密猟者が銃を撃つが、バッファローのボスには通じない。そのまま突進したボスは密猟者を彼方へふっ飛ばした。


 地平線へ太陽が姿を消し、空には幾万の星が輝いている。雲ひとつない夜空は彼を祝福しているようだ。

 サバンナの動物たちが集まっていた。数は優に万を越える。チーターやハイエナなどの肉食獣だけでなく、キリンやシマウマなどの草食獣。夜なのにいくつもの鳥たち。川にはカバとワニたち。彼らは皆ただ一匹を待っている。

 ひときわ大きい体を持つバッファローの背中に、小さい影が飛び乗ると、夜空へと体を伸ばした。

「ニャォーーーーッ」

 新たな王、イリオモテヤマネコの声がサバンナに響き渡る。


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