第五話 彼女は

 昼休みのチャイム。まだ腹の中に麺がたっぷりといるんじゃないかって気分だからメシは食う気にならんけど、まあちょうどいいか。


 しっかし……昨日はヤバかった。しばらくはラーメン見たくねえ。


 麺と野菜で富士山みたくなってるマシマシデカ丼ぶりを店長さんが持ってきた時はマジでビビったし、完食した佳奈にもビビった。あの細ちっせーガタイのどこに収まったのか不思議でしゃあないわ。


 でも、だ。


 二人で食いきってやった、完食したぜ! 動画でも涙目JKお二人様、無言のハイタッチが一番盛り上がってくれた。投げ銭も貰えたしありがたや、なむなむ。何よりあのやってやった感、半端ねえ。


 賞金は感謝の気持ちを込めて佳奈に押し付けたけど、それで二人分の胃薬買ってきたのも笑えるオチだった。動画の最後につけたら草生えまくってたわ。


 アツシにもちゃんと謝れてよかった。うぷうぷ言いながら近づくあたしらから逃げまくってたけど、笑って許してくれた。あたしは恵まれてる。佳奈にアツシ、みんなみんな、最高のダチ。ホントにありがてえ。


 ……さて、と。

 時間はあるし、門倉をとっ捕まえっか。


「おーい、そこのヤセの大食いJK」

「ううう……麺が……麺がぁ」


 そうだよなあ。大食いのあたしでも似たようなもんだ。


「ちっと行ってくるわ。帰りに胃薬と飲みもん買ってきてやろっか?」

「自分で行く……早く消化させないとぉ……」

「あはは、そっか」


 こんなとこも佳奈らしくて笑っちまう。自分で決めたことはやり通す。それが他人の為ならなおさら気合いを入れて向かい合う。そんなカッケーうちらのお姫様に、あたしは黙って頭を下げる。


「行ってら。ゆちからしく、ね?」

「ああ。あたしらしく、な」

「ほい」

「ん」


 佳奈が差し出した手にハイタッチをする。手を強く握られた。あたしも力をこめて握り返した。


 するすると、名残を惜しむようにゆっくりと離れていく手と指の温もりが、あたしに元気と力を分けてくれる。


「うっし!」


 門倉、昼は学食ばっかって言ってたな。

 見つかると……いや。


 絶対に見つけたる。



 廊下。


 階段。


 下駄箱。


 学食に向かう渡り廊下。


 昨日までのあたしは自分から何も聞かなかった。聞けなかった。んで門倉が転校を言い出さないってことは、実は只のガセネタなんじゃないかって思いこもうとしてた、まであった。


 バカかあたしは。そんな似合わねえマネすっからもやもやが溜まってったんだ。そんなに門倉が気になるなら、引っかかるなら、転校が嫌だと思うなら……真っ先に話しとけばよかったんだ。


 あたしと門倉が肩突き合わせてバカ話ができる時間はあとちっとしかない、忘れんな。だから今日は転校の話をちゃんと聞け。


 なるたけ目を反らさない。

 聞き逃さない。

 痩せガマンでも、胸を張れ。

 笑え。


 お。

 いたいた。


「おお~い、門倉あ~」

「あ、高梨さんこんにちは……何か具合悪そうだけど大丈夫?」

「気にすんな。前向きな体調不良だ」

「あはは、何それ。とりあえずどこか座る?」

「ああ」


 門倉、こういうとこなんだよな。気遣いができて、優しくて。困ってそうな人間をほっとけない。あたしも、いっつも優しくしてもらってた。

 

 子猫とあたしに傘とタオルを貸してくれたあの日から、何度もだ。ナンパされて困ってたあん時も、学校で話すようになってからも、コイツはずっとこうだった。


 勘違いしてしまうほどに。

 勘違いしたくなるくらいに。


 優しく、してくれた。

 

「あのさ。転校……のこと、聞いていいか?」

「あ…………うん」

「あっちに行くのっていつだ?」

「一月後、終業式の日だよ」

「いきなりごめんな。何か聞きにくくってさ」

「ううん、僕こそごめん。言わなきゃとは思ってたんだけど……言い出しづらくって。本当にごめん」


 今なら何となくわかるよ。

 逆の立場だったらって思うとな。


「寂しく……なるな」

「僕も寂しいよ。でもそう思ってくれるんだ」

「あったり前だろ? あたしら……ダチなんだから」

「そう、だね。友達が転校するのって悲しいよね」

「見送り行っていいか?」

「来てくれるの?」

「おっきな旗振って叫んだる、撮れ高期待できそうだしな!」

「撮るのかーい!」


 ダチって言った瞬間。

 門倉が、友達って言った瞬間。


 こめかみがズキズキした。

 胸の奥がかゆくなった。


「あーあ。子猫を見っけたら、これからどうすりゃいいんだよ」

「あ、その時はLINEしてよ。新幹線でタオル持っていくから。ナンパされて困ってる時はどんな時でも駆けつける。だ、だからあのさ……? 連絡先交換してくれないかな」

「マジか! 言ったからには絶対来いよな!」


 目の前に差し出されたスマホ。

 門倉の言葉。

 

 顔が熱い。

 耳まで熱い。


 門倉の事を好きかって聞かれたら、わかんねえ。


 でも、嬉しい。

 こんなに嬉しい。


 だけど……聞いておかなきゃいけないことがある。


「そういや、さ。彼女いんだっけ? いたら連絡先交換とかダメじゃね? 遠距離恋愛とか大変そだな。あたしは彼ピいねえからよくわからんけどさ」


 バカか!

 何でどさくさに彼氏いませんアピしてんだ!


 下を向く。

 目を閉じる。


 期待すんな。

 期待すんな!


 こんな優しいイケメンに彼女がいない訳ねえだろうが!


「彼女はいないよ。……でも、好きな人はいる。でも高梨さんが彼氏いないのは意外! モテるでしょ」

「…………嫌味か!」


 背中がぞわぞわした。

 血の気が引いていく。


 彼女はいない。

 好きな人がいる。









 







 スキナ、ヒトガ、イル。















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