第10話 愛し子とは...

パカラパカラっ、パカラパカラっと、軽快に馬でかけていく。もう後ろを振り返っても村は見えない。


なぜか前に進むにつれて、だんだん恐怖は無くなっていった。

不思議な気分である。

死に近づいているのに、どこか現実味がない。

村を出るまでは、死の恐怖で体の震えが止まらなかったのにどう言うことだろう。


しばらく走らせていると、神が、俺に声をかけてきた。


『なぁ、愛し子よ。

君は村の奴らを本当に助けるのか?

逃げても良いぞ。』


「は?何を言ってるんだ??

俺は生贄なんだろう??」


『そうだなぁ。生贄だなぁ。』


神の気の乗らないようなゆるい返事に、どういうことだ?と視線を向けた。


すると、ニヤニヤとしたいつもの顔で俺を見ていた。


「さっきまでの真剣な顔はどうしたんだよ。その顔ムカつくんだよ。」


『んー。それはね、愛し子が、村を離れてくれるのか不安だったんだ。

でももう、君が村から出てくれたから、良いんだ。』


そういうとヘラヘラと笑う。

今日だけで、神のいろんな顔を知った。


それにしても、ちゃんと生贄として俺が死に行くことが嬉しいようだ。


「そうか...。」


『そうなんだよぉ。』


沈黙が落ちる。馬の走る軽快な音だけが道に響く。

俺は、その後もしばらく考えていたが、逃げても良いと、さっき神が言った真意が全くわからなかった。


「なぁ。......なぜ、さっきは逃げないのかと聞いたんだ?

俺が囮にならなくては、村は助からないんだろう??」


『そうだね。彼らは愛し子の行動なくては、助からなかっただろうねぇ。

でもさ、あんな態度の村人を君が助ける必要ってあるかなって思って。

だって誰も君の死を悲しんでいなかった。』


他人から言われると、いっそうくるものがある...。

その事実に胸が苦しく、涙が出そうになる。


「...そうだ、な...。だ、れも、俺のことを心配してくれなかったな...。気づいてたよ...。」


『そうだろう?薄情な人たちだろう。

確かにね、私は、あの時あの場で、村人が魔物から助かるために生贄を捧げるという提案を受け入れた。だから、生贄をじゃんけんで決めさせた。

生贄を捧げればどうにかすると、約束したんだ。

でも、愛し子が私の生贄になったからと言って、愛し子自身がどうにかする必要ってあるのかなぁ?』


何を言ってるんだ?

言葉遊びか?こんな時に?

神の生贄になったんだから、神のいうことは絶対じゃないのか?


「な、何を言ってるんだ?俺には、お前のいうことがわからない。

俺が魔物の群れに突っ込まなくてはいけないんだろう?生贄だから。」


『それって、私のための生贄じゃなくて、魔物の生贄だよね。

なんで、あんな獣風情に私の愛し子をくれてやらなくてはならないのだ。

君は、私の生贄だ。』


ますますわからない。じゃあ、どうすれば良いんだ??


「じゃあ俺が逃げたら、どうなるんだ?」


『どうもしない。君は、私の愛し子だからね。

よっぽど私が許せないことをしない限りは、君の行動を私は縛らない。』


「は?お前、俺のこと、ちゃんと好きだったのか?」


『そうさ。当たり前じゃないか。』


「じゃあ、なんで俺はいつもじゃんけんで負けて貧乏くじを引いてたんだ!?」


俺は、神の当たり前だという宣言に驚愕してしまった。

俺は、いつもいつもニヤニヤしながら神が現れては、じゃんけんで負かされて苦労をさせられていたんだ!

どこが愛し子なんだ。


「じゃあ聞くが。

お前は、じゃんけんの勝敗を操作することができるんだろう?その上で、毎回俺を負けにしていたはずだ。」


『そうさ。私は、じゃんけんの神だからね。

君を勝たせることも負けさせることも自由自在だよ。』


「そうだろう!?じゃあ、なんで俺は苦労させられたんだ!!」


『そんなの決まってるじゃないか。君が私の愛し子だからさ。』


「?」


『わからない?君が私に憎しみの目を向けるほど、頭の中は私でいっぱいになるだろう?

私が君をいつも思っているのに、君は私を思わない時があるなんて悔しいじゃないか。』


「は?」


なんだ、そのくだらない、どうでも良い理由は...。


「お前...バカだろう...。普通、好きなやつには笑顔でいてほしいって思うもんじゃないのか。」


脱力してしまい、馬のスピードが一瞬落ちた。


「はぁ、まあいい。話を戻すが、俺が逃げたら、村の人間は助からないのだろう?そうしたら、約束が違くなるんじゃないのか?」


『そうだね。まぁその場合は、罰として私の神格が下がるだろうね。大したことじゃない。ちょっとばかりできることが減るくらいだ。

例えば、死んだ人間を生き返らせることができなくなるくらいかな。

だけどそれすらも、どうでもいい。

だって、なんとかして生き返らせたいと思う人間は、君だけしかいないんだ。

君は、僕の生贄になったんだから、僕のものだろう?ずっと離れない権利が、私に出来たんだ。

だからね、ずっと一緒にいるんだから、君の病気や怪我なんかは私が治してあげられる。

寿命だっていじってあげられる。

つまり、君が、私の目の前で死ぬことなんか万にひとつもないんだ。

ならば、約束を反故したくらいなんてこともないことなんだよ。』


神のその言葉に絶句する。

愛し子というのは、それほど大切なものなのか?

それに神格が下がってもいいのか?

しかもそれでも寿命を延ばすことは可能なのか??どんだけ力を持ってるんだ、このクソ神様...。


あ?あれ?え?ちょっと待て。

俺って、死ねないのか?寿命延ばされるの、俺?

ならば、ここで魔物に突っ込んで死んだ方がマシでは??


『それに、別に魔物の進行を逸らすくらいなら、君がいなくてもなんとかなるんだ。

ただ、じゃんけんが絡んだ力の行使じゃないから、理が歪んで、私の力が暴走する可能性がある。それこそ、天変地異だね。この辺一帯が、焼土となるかもしれないけど。村に魔物は突っ込まないから約束は守られてるんだ。』


あっけらかんという神に、再び絶句した。

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