第9話 3分で覚悟を決める

そして、冒頭に戻る。


『俺には三分以内にやらなければならないことがあった....』


たとえそれが、死と直結していても。




村を囲む塀(普段はたまにやってくる魔物を防ぐための塀)の前に俺は立つ。

この村にある唯一の出入り口は、今は大きく開けられている。


まだ、魔物が向かってきていることをここから確認することはできない。

至って平和ないつも通りの風景だ。


今から俺は、この門から出て、魔物に向かって行かなくてはならないらしい。


生贄となった俺には、神が言ったことは絶対だ。

神が言うには、俺が群れに接触した後、囮になり、スタンピードの方向を村からズラすということらしい。


無理じゃないか...?

俺如きが囮になれるのか?

出会ったが最後、プチっと潰される最期しか想像できない。


ガクガクと脚が震える。

跨った馬にも不安がうつっているようで、さっきから鼻息が荒い。


神がまた俺に言う。


『3分以内に、出発しろ。

お前が囮になって進路を逸らすにも、接触地点が村に近づきすぎると被害が出る。』


俺には、今生の別れを悲しむ時間もないのか。

だが、後ろにいる村民たちには、早く行けという雰囲気しかない。


本当に俺って...、要らない人間だったのか。

次期リーダーとして、村民たちの繋ぎの役目もこなしていた。頼られてもいたんだ。

親友だと思えるような奴もいたんだ。

家族仲だって、険悪ではなかった。

すっごく仲が良いってわけではなかったが、いい歳した息子と親の距離感としては、一般的だったと思う。


なのに、親友だと思ってた男は、許嫁の腰を引き寄せながら、頑張れと言う。

両親も、周りの村民に迷惑をかけないように早く早くと言うように、前のめりで俺を見ている。


どちらも、俺が死ぬんじゃないかと言う懸念は一切なさそうだ。

悲壮感がない。


じゃんけんの場で、あれだけ自分の息子や次期リーダーたちを死なせたくないと嘆いていたのだから、これから俺が死ぬのはわかってるだろうに...。


神が、あと1分と淡々と告げる。


救いなのは、このクソ神様がいつものニヤニヤ笑いをしてないことだろう。

真剣な顔で、俺だけを見ている。

皮肉なことにコイツだけが、俺の存在を認めてくれていた。


ふぅ...と、息を吐き出すと、俺は覚悟を決めた。

後ろを振り返り、村を、村民を、ぐるっと一瞥する。


さよなら。俺の育った村...


最後に、一言だけ。

俺が、この歳まで生きてこれたのは両親に食べさせてもらったからだ。

一般的な愛情は、貰えてなかったみたいだが、虐待されることなく健康に成長できた。

それだけは感謝だ。


「今までありがとうございました。」


言うと同時に強い風が吹いたので、俺の声が後ろの両親に届いたかどうかは定かではないが、馬を蹴り門を飛び出した。


ちなみに、後ろの両親には俺の言葉はちゃんと届いていた。

俺の覚悟がのった声を聞いて、ようやく自分の息子が死にいくことを実感したらしい。

もっといっぱい声をかければよかった、と後悔したらしいが、もう遅い。

死にいく俺には、そのことを知ることは終ぞない。


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