第8話 ゲンちゃんの事情

「『時空安定装置』ですか?」

「そうだ。私は彼を元の時代に戻す方法をずっと考えていた。しかしタイムホールを開くことはできても、今の技術では細かな時代を設定するのは難しい。そこで考え出したのがこの、『時空安定装置』だ!」


 井枯先輩に呼び出されて、ゲンちゃんと一緒に戻ってきた研究室。

 そこにはいつの間に造ったのか、巨大な機械が鎮座していた。

 本当にいつ用意したんだろう? さっきアタシが出ていくまでは、なかったよね?


「細かいことは気にするな。この時空安定装置というのは、書き換えられた時の流れをあるべき姿に戻す機械だ。まあ簡単に言えば、時空を超えてこっちに来てしまったゲンちゃんを、元の時代に送り還して元通りにしてくれるってこと」


 そんな装置を造ってたなんて。井枯先輩って本当にスゴすぎますよ!

 でも、一つ疑問が。


「それとゲンちゃんが光ってることと、どんな関係があるんスか?」

「それが……実は装置が強制発動してしまって、じきに時空修復がなされる」

「えっと、つまり……」

「ゲンちゃんはもうすぐ、元の時代に還るということだ」

「ええっ!?」


 もしかしたら、薄々そうなんじゃないかって気はしてた。

 だけど、あまりにも急すぎるよ。

 ゲンちゃんもテレパシーリングで事情を悟ったのか、悲しい顔をする。


「ウホォ」

「ゲンちゃん……嫌だよ。こんな急にお別れなんて。先輩、装置を止められないんですか?」

「すまない。君もゲンちゃんも心の準備はできてないだろうから、私だってこんなにすぐに還すつもりはなかったよ。だけど色々いじってる間に、装置がやる気を出して……」

「このダメダメ先輩! イカれマッドサイエンティスト! ミス・クレイジー! 一周まわってくるくるパー!」


 思い付く限りの罵詈雑言を浴びせたけど、だからって何かが変わるわけでもない。

 井枯先輩も何も言い返さずに、うつ向いている。


「ヤダ! ゲンちゃんは絶対に、元の時代には還さない!」

「時子くん……君がゲンちゃんに惹かれていたのは、なんとなく分かってた。けど、いつかは戻さないと。それがゲンちゃんのためでもあるんだ」

「ゲンちゃんは……ゲンちゃんは向こうで、仲間にイジメられていたんですよ! そんな所に還すのが、ゲンちゃんのためなんですか!?」

「なんだって!?」


 目を見開く井枯先輩。

 前にお風呂に入れたり着替えを手伝ったりした時に見た、ゲンちゃんの体の傷。

 獣に襲われてついた傷もあったけど、もっと目を引いたのは拳で殴られたような痣だった。


 それを見て思ったの。

 もしかしたらゲンちゃんは、原始人の群れの中でイジメられていたのかもしれないって。


 おかしな話じゃない。例えば動物の世界にだって立場の上下はあって、イジメは存在するんだもの。

 原始人の世界にあったって、不思議はないよね。


 なんとなく分かっていたけど、踏み込めずにいた。

 でも私達の話をそばで聞いていたゲンちゃんが、動きを見せた。


「ウホ……ウホホ……」

「ん、なんだって? 『仰る通り、僕の傷は仲間から受けたものです』、だと?」

「『僕は狩りも下手で、仲間の中ではケンカも弱かったので、いつもみんなから殴られていました』って……」


 予想はしていたけど、いざ本人の口から聞かされるとショックは大きい。

 さらに話を聞くと、ゲンちゃんがこっちに来たのも、突然現れた時空の穴、タイムホールを調べてこいって、仲間に強制されたのだという。


 不気味な穴をみんな気にしても、危険かもしれないから誰も近づけず、だから一番立場の弱いゲンちゃんを行かせたんだって。

 ゲンちゃんなら、何かあっても平気だからって。


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