第7話 エセイケメンと、真のイケメン

 大学の校舎を出たまではよかった。

 だけどそこで、アタシはちょ~~~~厄介な人に捕まっちゃったの。


「へい、そこの彼女! これからボクと一緒にお茶しない!」


 ……うわー、面倒くさい奴が出てきた~。


 突如アタシの前に現れたのは、変人の多いうちの大学でも井枯先輩と同じく最上位の変人の、難破なんぱ先輩。

 無類の女好きで1年365日中1000回はナンパしてると言われ、しかも何度断られてもぶっ飛ばされてもゾンビのごとくよみがえってはしつこく迫るという、面倒くささでいえばぶっちぎりの1位という、困った先輩なの。


 よりによってこの急いでる時に、この人と遭遇するだなんて。


「お茶はしません。だいたいもう、お茶するような時間じゃないでしょう」

「そう固いこと言わずに。君と僕との仲じゃないか」

「どんな仲っすか。前にもしつこくナンパしてきたから、警察に付きだしたのは覚えてるっスけど」

「大丈夫。あれがただの照れ隠しだってことは分かってるよ」


 キモッ!

 全然分かってないじゃないっスか!


「とにかくアタシは行きません。どうしても女子とお茶したいなら、三途の川にでも行ってナンパしてください。でなきゃ研究室に井枯先輩が残っていますから、そっちを訪ねてください」

「い、井枯さんか。確かに彼女は君よりずっとビューティフルだけど……」


 ムカー!

 アタシを背の低いちんちくりんだって言いたいんですかー!


「でも、彼女は勘弁してほしい。前にロケットにくくりつけられて生身で月まで飛ばされたことがトラウマになってるんだ。だから今日は、君でいい!」

「君って何っスか君って! 失礼にもほどがありますよ! アタシ急いでるんで、もう行きますね」

「待てよ! 僕から逃げられると思っているのかい?」


 えっ?

 グイッて手を引っ張られたかと思うと、そのまま校舎の壁に押し付けられる。

 そして難破先輩は逃げ場を塞ぐように、ドンッて手をついてきた。


「ひ、ひぃ~、何するんですか! 壁ドンはれっきとした犯罪っスよ! 相手に恐怖を与えたら、脅迫罪になるんすから!」

「ちっ、ちっ、ちっ。相手に合意があった場合は別だろ」

「何処に合意があるんですか!? 先輩の目は死んでるんですか!? それとも、頭が腐ってるんですか!?」

「こらこら、汚い言葉を使っちゃいけないって、パパやママから教わらなかったのかい?」

「……教わってないっすよ。両親からは、何も……」


 って、今は親のことなんてどうでもいいっス!

 とにかく、この野郎を何とかしないと。

 だけど焦っていたその時。


「ガウッ!」

「えっ?」


 難破先輩の体が、突然宙に浮いた。

 いや違う。服の襟を掴まれて、持ち上げられたんだ。

 後ろから現れた、彼によって……。


「ゲンちゃん!?」


 大きな顎に、野性的な目。

 暗闇から現れたのは、紛れもなくゲンちゃんだった。

 って、ゲンちゃん! 外出てるのにイケメンマスク付けてないよー!


 だけどそんな心配をよそに、ゲンちゃんははさっきアタシがされてたみたいに、難破先輩を校舎の壁に押し付けて……。


 ドンッ!


「ウガァッ!」

「う、うぎゃああああぁぁぁぁっ! ゴリラのオバケェェェェッ!」


 壁ドンされたかと思うと、難破先輩は白目をむいて泡を吹きながら気絶しちゃった。


 弱っ! 難破先輩弱っ!

 もしかしたらこれなら、キックでも食らわせてたらアタシでも勝てたかも?


 って、それよりも今は!


「ウホォ」

「ゲンちゃん大丈夫? どうしたのこんな所に。しかもイケメンマスクもつけないで」

「ウホォォ」


 アタシを見て、どこか安心したような顔をするゲンちゃん。

 ああ、そうか。ゲンちゃんは帰りの遅いアタシを心配して、迎えに来てくれたんだ。

 そこでいきなりあんな場面に遭遇したら、そりゃあ驚くよね。


 するとゲンちゃん、いきなりギュッて抱き締めてきた。


「わわっ、苦しいよゲンちゃん」

「ウホォ」

「ありがとう、助けに来てくれて。とっても格好良かったよ」

「ウホー」


 ふふ、『時子さんが無事ていてくれて良かった』だって。

 アタシも、ゲンちゃんが来てくれて良かった。


 ゲンちゃん、かっこ良かったよー。

 イケメン気取りの難破先輩とは大違い。きっとゲンちゃんみたいな男の人が、真のイケメンなんだろうなー。


 背中に回る大きな手から、顔を押し付けるたくましい胸板から、ゲンちゃんの体温が伝わってくる。

 なんだかとっても心地いい。ずっとこうしていたいよ。


 変なの。

 相手は原始人だけど、もしかしたらアタシ、ゲンちゃんのことが……。


 ピカー!


「ウホ?」

「え、なになに?」


 アタシを抱き締めてくれていたゲンちゃんの体が、突然光ったの。


 いったい何が起きてるの?

 わけが分からずに光るゲンちゃんを見つめていたけど、その時不意にスカートのポケットに入れてたスマホが鳴りだした。


「もしもし?」

『おお、時子くん。ゲンちゃんはそこにいるかい?』

「井枯先輩!? 聞いてください! ゲンちゃんが、ゲンちゃんが突然光出して……」

『落ち着きたまえ。やはりそうなったか……今すぐゲンちゃんを連れて、研究室に来るんだ。それと、先に謝っておく……すまない』


 え? それってどういうことっスか!?


「ウホォ」

「ゲンちゃん……」


 光るゲンちゃんを見つめていると、込み上げてくる不安な気持ちに胸が押し潰されそうになった。

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