第6話 原始人彼氏?

 ゲンちゃんがこの時代に来てから1ヶ月。

 彼との共同生活にも、もうすっかり慣れちゃってる。

 ふふふ~、ゲンちゃんってば可愛いんだよー。

 夜アタシがテレビを見ながら寝落ちしてたら、そっと毛布を掛けてくれるし。

 朝寝坊した時も朝食を用意してくれて、髪ボサボサのアタシに


「おはようございますお嬢様。今朝も可愛いですよ」


 だって。

 テレパシーリングを使っての、なんとなく言いたいことが分かるくらいの意志疎通だけど、翻訳したらたぶんそんな感じかな。


 ああ、ゲンちゃんが有能すぎて、このままじゃダメ人間になっちゃいそう。

 いっそゲンちゃんが帰らないでいてくれたらなあ~。


「……時子くん、それはダメだろう。ちゃんと彼を、あるべき場所に還さないと」


 大学の研究室。

 アタシの口からポロっとこぼれた言葉に、井枯先輩がすかさずツッコミを入れてきた。


「じょ、冗談ですよ~。で、でも先輩。もしも……もしもですけど、ゲンちゃんがどうしてもこっちにいたいって言ったら、その時はおいてあげることはできないんスか?」

「時子くん。彼は時間の輪から離れてこの世界にやってきた、いわば異物だ。タイムホールに関する研究はまだ未発達だから何とも言えんが、もしかしたらそのせいで時空に歪みが発生して、放置していたら大変なことになるかもしれないんだぞ」

「大変なことって、例えば全宇宙が消滅するとか?」

「うむ、その可能性は十分にある。そうさせないよう、再びタイムホールを開くべくこうして日々研究をしているんじゃないか」


 まあ、それはそうなんっすけどね。

 でもそもそも元凶である井枯先輩がそんなこと言っても、説得力ないっス!


「それで、そのタイムホールはいつ開くんですか?」

「うむ、早ければ一週間後か、遅ければ数年先か……まあ安心したまえ。例え本当に数年先になったとしても、彼が飛び越えた時間と比べれば本の一瞬だ。宇宙消滅までには、ちゃんと返せるさ」


 井枯先輩はふふんと笑ったけど。

 ……気にしてるのは、そこじゃないっスよ。


 だけどモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、井枯先輩のお手伝いをさせられる。

 ゲンちゃんを元の時代に還すのが正しいって、頭じゃ分かっているっスからね。


 そうして作業に没頭しているうちに、気づけば夜の8時を回っていた。


「おや、もうこんな時間か。時子くんはもう帰りたまえ。後は私がやっておくから」

「じゃあそうさせてもらうっす……って、ヤバ! ゲンちゃんちゃんに遅くなるって、連絡するの忘れてたっス!」


 スマホスマホっと。

 ゲンちゃんに預けているスマホに、慌ててメッセージを送る。


「そういえば彼、スマホを扱えるまでに成長したのかい?」

「簡単な操作くらいなら。受信したメッセージを見るくらいならできますよ。文字を覚えてないから、向こうからメッセージを送るのはまだ無理っすけど」

「ん? 文字を覚えてないなら、君の送ったメッセージも読めないんじゃないか?」

「そこはほら、絵文字でやり取りしてるんすよ。この絵文字はどういう意味かって、よく使う簡単なものを教えてあるので。例えば今日みたいな遅くなる時は、これです」


 先輩に見せたスマホの画面には、『❌🐸❌』って表記されている。

『カエル』にバツがついているから、すなわち帰るのが遅くなるってこと。


「時子くん。これって、余計わかりにくくないかい? けど理解できるなんて、ゲンちゃんどれだけ頭いいんだ?」


 えへへー、ゲンちゃんすごく賢いですよー。

 でも……あれ? 既読がつかないや。


「へんっスねえー。てっきりアタシからのメッセージを心待にしていて、届いたらすぐに見ると思ってたんですけど」

「ふふっ、まるで恋人からの連絡を待ってる彼氏だね」

「こ、恋人!? 彼氏!? あ、アタシ達は別にそんな……」

「分かってるって。けど、何にせよさみしがらせちゃいけないね。早く帰ってあげな」

「……そうするっす」


 ハンドバッグを手に、研究室から出ていく。

 もう、恋人だなんて。井枯先輩もおかしなこと言うんだからー。

 ……だいたいそうだとしたらアタシがやってるのは、その恋人と会えなくなるための研究なんですよ……。


 モヤモヤした気持ちを抱えながら校舎を出ると、辺りはもう真っ暗。

 ゲンちゃん、心配してないといいけど。

 早いとこ帰ろう。


 そう思って、歩き出したんだけど……。


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