第5話 ゲンちゃんはイケメンさん?
ゲンちゃんがうちに来てから一週間。
原始人との生活に不安がないわけじゃなかったけど、ゲンちゃんは思った以上にこっちの生活に馴染んでくれていた。
例えば……。
「ゲンちゃんただいまー」
「ウホッ、ウホホッ」
「あ、ゲンちゃんってばお掃除してくれてたんだー。すごい、掃除機の使い方も雑巾がけも、すっかり覚えたんだね」
「ウホホー!」
こんな感じで、アタシが大学に出掛けてる間に家の掃除をしてくれてる。
トイレやお風呂場まで完璧にキレイにしてくれていて、助かっちゃうよ。
そして今日も……。
「ウホホ、ウホ」
「え、『お嬢様、お茶が入りました。』って? ゲンちゃんってばいつの間にティーポットの使い方まで覚えたの? お湯の温度も完璧、ゲンちゃん偉いよー」
「ウホォ!」
コスプレ同好会から借りてきた執事服を着たゲンちゃんが、ニッコリと笑う。
ふふ、『お褒めいただいて光栄です』、だって。
実際喋ってるわけじゃないけど、翻訳するとこんな感じのはず。
テレパシーリングの使い方にも慣れたおかげで、何が言いたいかはほぼ完璧に分かるようになってるもの。
一緒に住んでみてわかったけど、原始人ってアタシ達が思ってるよりずっと賢いんだねー。
パソコンの使い方を真っ先に覚えて、さっきの紅茶のいれ方なんかはユーチューブを見て覚えたんだもの。
なんかもう、有能執事ができたみたい。
顔はちょっぴりワイルドだけど。
「ゲンちゃん本当に頭いいよね~。ちゃんと教えたら何でもすぐに覚えてくれるんだもの」
「ウホ~♪」
一番大変だったのは、お風呂の入り方だったけど。
だって物覚えが良いと言っても、これを覚えてもらうためにはアタシも一緒に入って色々教えなきゃいけないわけで。
ということはつまり……。
あわわ、思い出したら急に恥ずかしくなってきた!
言っとくけど、別にやましい事は何一つしてないから。カクヨム運営さん、これはセーフな案件ですよー!
「ウホ?」
「あ、ごめんね。なんか一人で色々考えちゃってた。そうだ、今日は天気がいいから、ちょっと外に出てみない?」
「ウ、ウホ?」
急に何かを追いかけるような仕草や、腕を振るう仕草をするゲンちゃん。
これは……。
「違う違う。狩りをするんじゃなくて、ちょっとお散歩に行くだけだよ。イケメンマスクをつけていれば、怪しまれないもんね。あ、でもその格好じゃちょっと目立っちゃうかも」
何せ今のゲンちゃんは執事服なんだもの。
町中でイケメンが執事服を歩いていたら、注目されちゃうよね。
もしかしたらカメラを構えた女の子達に囲まれて、パシャパシャーって撮られちゃうかも。
そうなったらゲンちゃん、ビックリしちゃうよ。
「まずは外行きの服に着替えようか」
幸い彼の服は、井枯先輩から生活費として巻き上げたお金でたくさん買ってある。
騒ぎの元凶なんだから、これくらいしてもらわなきゃね。
って、あわわ、ゲンちゃん。アタシの前で脱がないの!
もう、こういうところは、原始人なんだよねえ。
上半身裸になったゲンちゃんから慌てて顔を反らそうとしたけど、その時ふと彼の肩に目がいった。
たくましい筋肉質な肩。だけどそこには痛々しい痣が、くっきりと残ってる。
ううん、肩だけじゃない。
前にお風呂に入れたときに気づいたんだけど、ゲンちゃんの体はあちこち傷だらけ。
狩りでできた傷なのかなって思って聞いてみたんだけど、ゲンちゃんはなにも答えてくれなかった。
たぶんゲンちゃんにとってそれらの傷は、話したくないものなんだろうなあ。
だとしたらその気持ちは、少しわかる。
誰にだって、触れてほしくない傷ってあるよね。
きっと現代人も原始人も、それは変わらないんだろうなあ……。
「ウホォ?」
「あ、ごめん。ボーッとしちゃってた。アタシもすぐ用意するね」
その後アタシも着替えて、二人で町にお茶しに行ったんだけど。
執事服から普通のカジュアルな服に着替えたとはいえイケメンマスクの効果か、ゲンちゃんは結局注目を浴びていた。
「キャー、何あのイケメン!」
「ワイルド系イケメンよ! 拝むレベルだわ!」
「これからは王子様みたいな優男じゃない! 今は筋肉イケメンの時代よ!」
てな感じで、ただ歩いてるだけなのに人だかりが。
イケメンマスク恐るべし。それとも、ゲンちゃんからにじみ出るワイルドイケメンオーラを感じとっているのかも?
原始人でも、ゲンちゃんはまちがいなくイケメンだよね。
そんな彼と腕を組んで歩いて、ちょっぴり優越感を感じる午後だった。
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