第3話 原始人のゲンちゃん

 井枯先輩がタイムマシンを作ってやらかしたのが昨日のこと。

 朝になって大学にやってきたアタシは、周りに人がいないか確認してから、研究室に足を踏み入れた。


「げ、ゲンちゃ~ん、朝ごはん買ってきたよ~」

「ウホッ!」


 声をかけると研究室の奥に潜んでいた原始人……ゲンちゃんが姿を現した。


「ウホウホ!」

「あはは、慌てなくてもご飯は逃げないから落ち着いて。それにしても……やっぱりすごい恰好」

「ウホ?」


 アタシが言ってることが何となくわかるのか、首をかしげるゲンちゃん。

 あ、『ゲンちゃん』って言うのは、彼の名前ね。いつまでも原始人さんって呼ぶのはかわいそうだって思ったから、ゲンちゃんって呼ぶことにしたの。

 原始人だからゲンちゃんって言う、安直な付け方なんだけどね。


 そしてそんな彼は今、フリルのついたピンク色のスカートをはいている。

 これはいつまでも裸のままじゃまずいからって、井枯先輩が用意してくれたものなんだけど、もうちょっとマシな服はなかったのかなあ?

 いや、別に男性がスカートを履いたっていいとは思うんだけどフリルスカートを履いた原始人というのは、やっぱり見た目のインパクトがぶっ飛んでるよ。


 まあそれはさておき。アタシはコンビニで買ってきたおにぎりを包みから出すと、ゲンちゃんに差し出した。


「ウホ?」

「怖がらなくていいよ、食べ物だから」


 アタシも、もう一つおにぎりの包みを開けて食べてみせる。

 するとそれに習ってゲンちゃんもおにぎりを食べて、美味しかったのかぱあっと顔が明るくなる。

 ふふっ、こうしているとかわいいや。


 そうしていると部屋のドアがバーンって開いて、井枯先輩が入ってきた。

「時子くんおはよー。ゲンちゃんも、大人しくしてたかー?」

「ウホウホ」

「そうかそうか、いい子だ。それにしても、一日でだいぶ意思疎通ができるようになったものだ。やっぱりこの、『テレパシー輪っか』のおかげかな」


 先輩はそう言いながらゲンちゃんの頭に手を当てる。そこにはまるで、孫悟空の輪っかのような金色の輪っかがつけられていた。


 これは前に井枯先輩が作った、動物とお喋りすることを目的とした『テレパシーリング』という道具。

 これを付けて念じれば、相手の考えていることが分かって、こっちの言っていることを相手に伝えることもできる便利な道具……になるはずだったんだけど、残念ながら思っていたほどちゃんと意思疎通ができるわけじゃない、失敗作なんだよね。


 ただしこれを付けることによって、言葉が通じなくても何となく相手の言いたいことがわかるくらいの効果が、有るとか無いとか。

 そんななんとも微妙な道具なんだけど、一応効果があったのか、言葉が通じないゲンちゃんともだいぶ上手くやっていけてる。


 とりあえず昨日はトイレの場所を教えたり、誰かに見つかったらまずいから研究室に隠れているよう教えたりした。元々原始人って道具を使っていたっていうから知能も高いし。


 そんなゲンちゃんの存在は、今のところ私達だけの秘密になっているけど、このままじゃやっぱりマズいよね。


「先輩、これからゲンちゃんはどうなるんですか?」

「そうだねえ。今はまだ隠せているけど、それも限界があるだろうし。厄多々豆やくたたず教授にでも相談してみようか」


 厄多々豆やくたたず教授って言うのは、この研究室の責任者なんだけど……うーん、あの人いまいち頼りないんだよね。

 それに……。


「もしも存在が公になったら、ゲンちゃんはどうなるんだろう?」

「うむ、前例がないから何とも言えないけど、生きた原始人がタイムスリップしてきたんだ。もしかしたら研究対象として、どこかの研究室が引き取りたいって言ってくるかもね」

「それって、研究対象になるってことですか? そんなのダメですよ。井枯先輩のミスでこの世界に来たのに、こっちの都合で振り回すだなんて!」


 そんなこと絶対にさせたくないし、させちゃいけない。

 ゲンちゃんは、来たくて来たわけじゃないのに……。


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