第6話 血を呼ぶ遺産




 翌朝の空は、よく晴れていた。

 イリスたちの目の前に広がるのは、アップルグリーン色の丘がある入江だ。

 目が覚めるような白い船が、青い空と海をかき分け、港へ向かっていく。


「お前には、俺の補佐を任せる。っていうか、そのために城まで来たからな」


 ああ、とアオレオーレが頷く。


「主に、調書の作成だな。エルザから聞いている」

「そ。トレジャーハンターの実態のほとんどは盗掘者なんだが、遺跡の破壊行為をしないこと、ちゃんと調書を取ることがトレジャーハンターのギルドの規則だからな。ついでに申請者とか申告書とか書いてもらうと助かるわ。

 けどその前に、お前にはテストを受けてもらう」


 イリスが言うと、わかった、とアオレオーレは再び頷いた。


「道具の強度を知りたいのは当然だ」


 アオレオーレの言葉に、イリスは何も言わなかった。


「それで、何をすればいいんだ?」

「ああ。お前はまず――誘拐されろ」


 イリスの言葉に、きょとん、とアオレオーレは目を見開いた。



 □


『つまりアオは、1000年生きるホムンクルスってわけじゃなく、1000年前からタイムスリップして来た可能性があるのか』


 イリスがそう尋ねると、エルザはそういうこと、と肯定する。

 だとしたらアオレオーレの寿命も、他のホムンクルスと同じく短命である可能性がある。


『でも、アオの事情はとりあえず置いておきましょう』


 手で物を置く仕草をして、エルザは言った。


『本題はこっち。――考古調査隊が、アオを調べさせろと言ってきたわ』

『やっぱりか』



 考古調査隊。

 この世界を二分にする宗教の一つ、天神教。その総本山の調査隊だ。

 元々、この世界は多神教だった。だが、やがて二つの宗教から弾圧を受け、あるいは吸収された。

 そして1000年前、最大勢力となった天の神と地の神で、宗教戦争が起きる。

 それ以来、考古学者やトレジャーハンターの遺跡調査は、この二大宗教の威信によって盛んになった。――遺跡で宗教的な歴史的資料が見つかれば、領土や文明の根源の主張、歴史的事件や戦争における責任追及に利用できるからだ。

 その中で特に注目されているのが、偉大なる魔術師ヴィーセンダコナの信仰だった。


『そんなに昔の人間の信仰が知りたいんかね。もし、自分たちの宗教じゃなかったら、天神も地神もどうする気なんか』

『消すんじゃない? 私たちの歴史的発見、あの連中によって、散々もみ消されたわよ。それで戦争になるよかマシだけどね』


 エルザが言う通り、遺跡の発見は不都合な事実を内包していることがある。特に、天神領と地神領の交流が盛んな境目では、隠されていた歴史的発見によって、現地民たちが憎しみ合い、殺し合うこともあった。


『やれこの農耕技術はうちが初だ、いや俺たちだ、とか。あの宝は俺たちのところを侵略して手に入れたんだ、いや平和だった時代に贈られたものだ、とか』

『モノで命を落とすとか、アホらしいと思わないんかね……』


 と、命懸けで遺跡調査を行うイリスは、自分を棚に上げた。

 だがそれだけ遺跡や文化財は、人間のアイデンティティに深く関わっている。それは、イリスが一番よく分かっていた。

 ――だからこそ今、イリスはグレーの存在であるトレジャーハンターのギルドに籍を置いている。


『で、引き渡すのか? アオを』

『まさか』


 エルザは鼻で笑い、肩を竦めた。


『彼はあんたの秘書よ。これからバリバリ働いてもらうんだから。

 とはいえ、断ったところで、やつらは諦めないでしょうね。それこそ、誘拐されそう』

『だよな。で、あんたは俺らを守るために、なにか考えてるんだろうな?』


 イリスが言うと、エルザは不敵に笑って言った。


『なんてことないわ。あんたたちが、考古調査隊をぶっ潰せばいいのよ』




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