第5話 エルザの推理
食事を取った後、イリスは溜まっていた調書に取り掛かっていた。その間、アオレオーレはエルザにいくつか質問を受けていた。
夜がすっかり深まったあと、寝間着姿のエルザが、「ちょっといい?」とイリスに声をかけてきた。
「アオのことなんだけどさ」
「アオ?」
「アオレオーレ。長いから」
なるほど、とイリスが納得する。
イリスも同じことを考えていたので、乗っかることにした。
「んで、アオがどうしたんだ? ってか、今どうしてるんだ?」
「グッスリ寝てるわ。疲れが溜まっていたみたい」
「ますます伝承からかけ離れてんな……」
この分だと、性欲も強いんじゃないだろうか。何となく考えたくないイリスである。
「あのさ、イリス。あんた、ヴィーセンダコナのホムンクルスについては、どれぐらい知ってる?」
「アイツのことだろ?」
「違うわ。ホムンクルスはね、もっとたくさんいたの」
エルザはよいしょ、と言って、椅子に腰掛けた。
「ホムンクルスはね、普通は寿命が短いの。三年生きたら長生きって言われているのよ」
「……そうなのか?」
イリスにとってのホムンクルスは、ヴィーセンダコナの『最高傑作』、つまりアオレオーレだけだ。
「これは秘密事項なの。じゃないと、ホムンクルスを兵器に使うヒトが必ず出るからね」
「……ああ、そういうこと」
人間の代替品。寿命が短い消耗品。
確かに、権力者は間違いなくホムンクルスを兵器に使うだろう。エルザのような、特殊な人間しか知らないというのも納得出来た。
「けど、アイツは不老不死なんだよな?」
「それなんだけどね……ちょっと、違うみたいなのよ」
「違う?」
「あの子に『ヴィーセンダコナが死んでからどれぐらい経った?』って聞いたのね。
そしたらアオ、『まだ一ヶ月ぐらいだと思う』って答えたのよ」
「……は?」
それはおかしい。
ヴィーセンダコナは1000年前に生きた魔術師だ。
「それはあれか? 不老不死特有の、時間の流れが短く感じる、的な……」
「そうじゃないと思う。犬にとっての十年と、人間にとっての十年じゃ重みは全然違うけど、十年は十年でしょ?」
「そりゃそうだ」
でね、とエルザは身を乗り出した。
「私思ったんだけど、本当にあの子にとっては、一ヶ月しか過ぎてないんじゃないかって思ったの。
あんた、『蜃気楼の城』に入って、どう思った?」
「どうって……割と普通の城……」
そこで、ハッとイリスは思い出す。
その様子にエルザは、「何か違ったのね」と言った。
「建物が風化してなかった。それと、罠らしきものもない」
普通魔術師なら、研究結果を盗まれないように、あらゆる罠を張る。
あるいは、普通の人間ではたどり着けないように、魔術を掛けて隠す。
そこまで思い至って、イリスはあの城は後者だと気づいた。
「やっぱりね。
あんた、『蜃気楼の城』がどうして『蜃気楼』って呼ばれてるか、知ってるわよね」
「1000年間、発見者以外はたどり着けなかったから、だろ」
『蜃気楼の城』は1000年もの間、確認報告が何度も挙げられた。だが、その度に調査隊が確かめに行こうとすると、『蜃気楼の城』はどこにもなかった。おかげで何人ものの冒険者たちが、嘘付き呼ばわりされた。
「ジャングルに囲まれているわけだし、迷ってもおかしくねえとは思ったが……」
そうじゃないのだろう、とイリスは気づいた。
人がたどり着けなかったのではなく、建物が消えていたのだ。
「……ってなると、ひょっとして『蜃気楼の城』は、時空を超えて現れたり、消えたりしていたのか?」
とんでもない話だと思いながら、イリスはこれが答えだと確信していた。
「可能性はあるわ」エルザが頷く。
「あんた、バッファローがまるで親の仇みたいに橋を壊して行った、って言ってたでしょ。
バッファローは仲間を殺されたら、復讐する動物だって聞いたわ」
長年存在しない城の沼には、いつからかバッファローの群れが住み着いていた。
なのに突然、橋やら建物やらが現れて、何匹かのバッファローが橋や建物の下敷きになったのだ。
どうりで、しつこく橋を壊しまくったわけだ。バッファローにとって、あの城は襲撃してきた敵なのだ。
「1000年後、故郷に戻ったら、そこには別の住民が暮らしていた……か」
「昔のことでも思い出した?」
エルザが目を細める。
イリスは無言で、机の上に置いた写真を見た。
「さあな」
イリスの年季の入ったしわが、より深くなる。
イリスの視線の先には、イリスとよく似た少年の顔があった。
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