第4話 アオレオーレの食欲

   ■


「お帰りなさい。その子が例の子?」

「お前なあ。仮にも伝説の存在なんだから、もっとリアクションしろよ」


 エルザのあっさりとした対応に、イリスは信じられん、と呟く。エルザは腰に手を当て、整えられた眉を吊り上げた。


「実在するものだったら、あんた持って帰れるでしょ。あんたの腕を信じてるんだから、当然の反応よ」

「へいへい。で、こいつどうすんの?」


 アオレオーレがきょとんとした顔で、イリスとエルザを交互に見た。

 そうねえ、とエルザが呟く。


「その前に、二人ともお風呂入ったら? なんかめっちゃ濡れてるし」

「橋全部ぶっ壊されたんだよ。バッファローの群れに」


 あれからも無茶苦茶に壊されていたので、アオレオーレの錬金術で修復する暇がなかった。そのため、泳ぐしか無かったのである。

 今は夏なので風邪をひく事は無いが、「冬だったら水面を凍らせたらいけたな」とアオレオーレが呟き、イリスは膝を着いた。


「なんなんだ、あのバッファロー。まるで親の仇みたいに橋壊しやがって……」


 ブツブツ呟くイリスが、浴室へ消える。その後ろを、アオレオーレがついて行った。

 ふうん、とエルザは呟く。


「親の仇、ね」






 ――ホムンクルスに欲がない、って嘘だろ。

 イリスは遠い目をした。

 目の前には、イリスの何倍もの食事をとるアオレオーレがいたからだ。


「……よく、食べるわね」


 エルザが目を丸くする。


「おい。お前ホムンクルスだろ。三大欲求はなかったんじゃないのか?」


 いっぱいに頬張ったアオレオーレは、飲み込んでから答えた。


「確かに俺は、三大欲求が薄い。けれど、食欲に関しては、今とても楽しい」

「楽しい?」

「ああ。俺は、こんなに美味しいものを食べたことがない」


 その言葉に、あら、と食堂の料理人が嬉しそうに笑う。


「俺が知っている食事と言えば、レーションか、たまにマスターが作る料理だったから」

「マスターって、ヴィーセンダコナか? あの人、美食のレシピを作ったことでも有名だろ」


 イリスが背もたれに寄りかかって尋ねる。アオレオーレは、「確かに料理を作る時は上手なんだが」と前置きして、


「いつもはレーションだったんだ」


 その言葉に、あー、とエルザは仰いだ。


「なるほど。定期的にごはんを作る人じゃないのね」

「ああ。だからたまに作ってもらっても、味がよく分からなくて」

「食育サボってたんかよ、偉大なる魔術師は……」


 けど、とアオレオーレは、フォークで刺したトマトを食べる前に言った。


「もう少し、一緒に食べられたら良かったな、と後悔している」


 そう言って、大きく口を開けた。

 そして、青い顔をしてひたすら咀嚼する。


「……」

「……」

「…………ねえ、もしかして、酸っぱいのダメなんじゃない?」


 食育されてないってことは、味覚も本能そのものでしょ、とエルザが言う。

 酸味の食べ物は『腐った食べ物』だという認識が、生き物の本能にはある。特に子どもは、その傾向が強いらしい。


「おい、無理せず吐き出せ」


 ぶんぶんぶんぶん。

 首を横に振る。吐き出したくは無いらしい。だが、中々飲み込まない。


「イリス。あんた、アオレオーレが食べる時は、一緒に食べなさい」


 目元に影を落として、エルザが言った。


「いつまでも口だめしてると、うずらの卵とか詰まるかもしれないわ」

「ガキのおもりだな、こりゃ……」


 イリスはコーヒーを口につけた。


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