第4話 アオレオーレの食欲
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「お帰りなさい。その子が例の子?」
「お前なあ。仮にも伝説の存在なんだから、もっとリアクションしろよ」
エルザのあっさりとした対応に、イリスは信じられん、と呟く。エルザは腰に手を当て、整えられた眉を吊り上げた。
「実在するものだったら、あんた持って帰れるでしょ。あんたの腕を信じてるんだから、当然の反応よ」
「へいへい。で、こいつどうすんの?」
アオレオーレがきょとんとした顔で、イリスとエルザを交互に見た。
そうねえ、とエルザが呟く。
「その前に、二人ともお風呂入ったら? なんかめっちゃ濡れてるし」
「橋全部ぶっ壊されたんだよ。バッファローの群れに」
あれからも無茶苦茶に壊されていたので、アオレオーレの錬金術で修復する暇がなかった。そのため、泳ぐしか無かったのである。
今は夏なので風邪をひく事は無いが、「冬だったら水面を凍らせたらいけたな」とアオレオーレが呟き、イリスは膝を着いた。
「なんなんだ、あのバッファロー。まるで親の仇みたいに橋壊しやがって……」
ブツブツ呟くイリスが、浴室へ消える。その後ろを、アオレオーレがついて行った。
ふうん、とエルザは呟く。
「親の仇、ね」
――ホムンクルスに欲がない、って嘘だろ。
イリスは遠い目をした。
目の前には、イリスの何倍もの食事をとるアオレオーレがいたからだ。
「……よく、食べるわね」
エルザが目を丸くする。
「おい。お前ホムンクルスだろ。三大欲求はなかったんじゃないのか?」
いっぱいに頬張ったアオレオーレは、飲み込んでから答えた。
「確かに俺は、三大欲求が薄い。けれど、食欲に関しては、今とても楽しい」
「楽しい?」
「ああ。俺は、こんなに美味しいものを食べたことがない」
その言葉に、あら、と食堂の料理人が嬉しそうに笑う。
「俺が知っている食事と言えば、レーションか、たまにマスターが作る料理だったから」
「マスターって、ヴィーセンダコナか? あの人、美食のレシピを作ったことでも有名だろ」
イリスが背もたれに寄りかかって尋ねる。アオレオーレは、「確かに料理を作る時は上手なんだが」と前置きして、
「いつもはレーションだったんだ」
その言葉に、あー、とエルザは仰いだ。
「なるほど。定期的にごはんを作る人じゃないのね」
「ああ。だからたまに作ってもらっても、味がよく分からなくて」
「食育サボってたんかよ、偉大なる魔術師は……」
けど、とアオレオーレは、フォークで刺したトマトを食べる前に言った。
「もう少し、一緒に食べられたら良かったな、と後悔している」
そう言って、大きく口を開けた。
そして、青い顔をしてひたすら咀嚼する。
「……」
「……」
「…………ねえ、もしかして、酸っぱいのダメなんじゃない?」
食育されてないってことは、味覚も本能そのものでしょ、とエルザが言う。
酸味の食べ物は『腐った食べ物』だという認識が、生き物の本能にはある。特に子どもは、その傾向が強いらしい。
「おい、無理せず吐き出せ」
ぶんぶんぶんぶん。
首を横に振る。吐き出したくは無いらしい。だが、中々飲み込まない。
「イリス。あんた、アオレオーレが食べる時は、一緒に食べなさい」
目元に影を落として、エルザが言った。
「いつまでも口だめしてると、うずらの卵とか詰まるかもしれないわ」
「ガキのおもりだな、こりゃ……」
イリスはコーヒーを口につけた。
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